先生、僕を誘拐してください。
一、いつから日常じゃなくなっていたんだろう

空は快晴。桜の名残が地面に落ちていたのは、つい先日だと思っていた。
けれどもう、通学路のコンクリートの坂道には、枯れ葉さえ落ちていない。
葉桜だと思っていた木々は、新緑に染まり、雨に濡れ、そろそろ毛虫がポトポト落ちだす。
快晴の空を見上げ、もうすぐ夏が来ると感じた。
背中にセーラー服が張り付いて、坂道を朝から登る苦痛にため息が出た。
けれど、私はあと半年ほどしかこの坂は登らない。

あと半年の我慢。
なのに、そう考えたら足取りが重くなった。

一年後、私は此処に居ない。不治の病で死ぬわけではなく、ただ就職していなくなるだけ。
なのにそれが私の足取りを重くさせる。

『武田。もう一度良く考え直せ。お前はずっと大学へ行きたいって言ってたじゃないか』

体育教師で、熱血でいっつも額に汗を浮かばせている担任が、私の代わりに泣きそうな顔をしていた。
だから私は自分ではそれ以上何も言う気はない。ただ、何を言っても、ガンとして気持ちは変わりませんと跳ねのけた。

跳ねのけたのに、私の足は重い。


「ねえ、美空。美空」
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