Marriage Knot

乱暴なキス、揺れる想い

「結さん、いらっしゃい」

桐哉さんは、レッスンのために訪れた私をいつものように笑顔で迎えてくれた。けれど、私のただならぬ表情、氷で冷やしても取れなかった、泣いて腫れあがった目を見て驚いたように目を見開いた。

「どうしたんですか、結さん。何かあったんですか?」

私は黙ってうつむいた。そして、ぎゅっとバッグを握りしめる。涙がまた零れ落ちそうだったから。ここで泣いてはいけない。桐哉さんを困らせてはいけない。恋人じゃないのだから。

「とにかく、中へどうぞ」

桐哉さんの案内で、私はいつものようにアトリエにお邪魔した。廊下を歩きながら、私はそのアトリエの雰囲気を、記憶にとどめようとしていた。幸せな思い出が詰まったこの部屋の記憶を、すっとあたためていたかった。

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