元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
5

そうして以前のような電車通勤に戻った。

会社の出海君は相変わらず難しそうな仕事をこなしているらしい。

私の方の仕事は一時期から比べればだいぶ落ち着いてきていて、水曜日には定時退社できるようになっていた。

仕事ができる人は約束を守ってくれる。
さすがだ。




1週間の間、
緊張でそわそわしつつ過ごした。

出海君とは個人的に顔を合わせる機会がないまま、ヨーロッパオケのコンサートがある金曜日になった。

緊張とドキドキとワクワクでグルグルする胃と心をなだめながら、
気に入っている仕事用の服を着て、
気に入っている靴を履いて、
滅多にしないネックレスをつけて、
滅多にしないネイルを短い爪に塗って、
出勤した。

そして、定時退社して、化粧を直して、気に入っているフレグランスをほんの少しつけ足して、コンサートホールにやってきた。

出海君の予定は、外出先から直帰となっていた。
私が退社した後、
『ギリギリになりそうなので先に入っていてください』
とメッセージが来た。
チケットは事前に渡されていたから、先に入場しているというわけ。

非日常の、特別な空間。
正面にそびえるパイプオルガンの荘厳な姿に、ますますその想いを強くする。

ちょうどいい。
今日までは、違う世界の王子様を好きでいていいことにしよう。
明日から、庶民の日常生活に戻ろう。
明日から。
< 81 / 108 >

この作品をシェア

pagetop