元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
それにしてもいい席だ。

客席の中央から少し後ろ。オーケストラ全体を見下ろせる高さ。
そして少し左寄り、ピアニストの手元が見えるであろう位置。
最高ランクのこの席のチケットを、出海君はどうやって手に入れたのだろう。
発売直後でないと、こんないい席とれない。数ヶ月前に2席取ったということは、誰かを誘うつもりだったんじゃないだろうか。
誰かを。
……例えば、その時に付き合っていた彼女、とか?
心が重くなったので、慌てて違う可能性を考える。
もしかして、黒川ミシェルの伝手とか?
隣に住んでいて、しかも親しいみたいだからあり得る。

ぐだぐだ考えている時、「失礼します」という声と気配に顔を上げると、スーツ姿の出海君が、既に座っている人に声をかけながら、こちらの席に歩いてきているところだった。

……ああ、やっぱり、彼の雰囲気が好きだなぁ、と思った。

この生々しい感情が、そのうち風化していってくれますように。

「遅くなってごめんなさい」

そう言って席に座った出海君。

「お疲れ様でした」

私は、そう挨拶した後、会ったら真っ先に言おうと思っていたことを口に出す。

「今日はありがとうございます。それと、先週は、素敵なお花、ありがとうございました」

彼は「どういたしまして」とにっこり笑った。

……その笑顔は、今まで見たことがない、艶やかなもので、顔の温度が上昇する。

「久しぶりだけど、元気でした?」

出海君の問いに平静を装いながら答える。

「おかげさまで。出海君は?」

「希奈さんがいないので寂しいです」

…………。

ちょっと待って。そんなことを眉を下げた笑顔でさらっと口にするとか、いつから君はそんな男になった?
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