冷徹社長の容赦ないご愛執
 あのときの冷や汗は、今思い出しても身震いするほどだ。

 もちろん、通訳と言えど、それを直属の上司達へ伝えるなんてできるはずがない。

 英語に精通した人は、顔を凍らせていたけれど。


 でも、彼の溜め息も仕方のないことだったのは理解できる。

 海外との取引も多かった商社の上層部が、英語もできないなんて、交渉以前の話だと言いたかったに違いないのだ。


 自分の親ほどの年代のおじ様を前にして溜め息を吐いた、まだ三十代半ばの若者。

 経営戦略室長を務めるくらいの実力がある彼は、日本人の血が流れているとは言え、しっかりと実力主義の社会をその身で生きていることがうかがえた。


 そんな彼の秘書兼通訳としての大抜擢だったのだから、それが私でなくとも背筋が伸びる思いで異動通達書を受け取ったに違いない。



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