冷徹社長の容赦ないご愛執
 だがしかし、だ。

 米本社の経営戦略室長を担っていただけはある敏腕新社長。

 橘勇征社長は、生粋の日本人でありながら、実は……日本語がまったく話せないらしい。

 実際、米本社との会議では、当然のようにネイティブな英語が交わされ、彼の日本語を聞いた覚えがない。

 こちらの上層部で英語が話せるのは極一部の人間だけ。

 通訳をしてやらなければ、まともに会話をすることすらままならないのだ。


 彼が室長になった一年前、最初の会議で言った言葉を、私は今でもよく覚えている。


 ――「Just a little while after studying.」


 文字にすれば、いまどきの小学生でも直訳で意味が分かる子は分かるだろう。

 けれど、これを流れるような英語で言われるのだから、上層部のおじ様達にはさっぱりだ。

 英語が話せない役員を前に、溜め息交じりに当時橘室長が呟いた言葉がこれだ。


 ――『ちょっとは勉強してから来い』
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