God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
周りはツーショットだらけ

2学期。
9月初旬。
この所、雨が降らない。
そういう訳で、秋に入ったと言っても、まだまだ暑さが厳しかった。
ただいま2時間目。
制服シャツのボタンを1つ多めに外して、うちわ代わりのノートでばたばたと仰ぎながら、先生から出された英文問題を早々にやり過ごし、それとはまた別の教科書を膝上でこっそり開く。
次の3時間目、数学の選択授業で、これがいきなりテストだと告げられているからだ。夏休み中は、その出題範囲をやり尽くして今に至る。
……報われるといいけど。
2学期さっそくの席替えで、3組で俺は幸運にも窓際の後ろの席に落ち着いた。外から差し込む太陽の光が、ちょうどウロコ雲に覆われて、柔らかく届く。
俺は目の前の問題をそっちのけ、しばらくは僅かな風になぶられながら目を閉じた。外からは、笛の音に混ざって女子の掛け声が聞こえる。
見れば、5組と6組が合同体育の時間のようで、そこからしばらくその様子を眺めた。5組のノリによると、今日の1、2時間目、男子は体育館で球技、女子はグラウンドでずいぶん走らされるらしい。臙脂に近い真っ赤な体操服の塊が先生の笛を合図に、どんよりと整列した。
女子の隊列、1番前。
小さいくせに無駄に目立つ。
そいつは、極小サイズに輪を掛けるように、ちまっと、その場にぺたんと座り込んだ。早くも、へたばっているのか。テストの前に激しい運動とは……いくら数学が得意とはいえ、これは痛いハンデだな。いつもの余裕がどこまで通用するだろう。
俺は、フンと鼻で笑った。
見ていると、そのすぐ横を、青い体操服をまとった1年生が元気一杯に走り過ぎる。1年違うだけでこうも違うのかと、その対照的な様子を改めて新鮮に眺めた。
体操服は1年が青、我ら2年は赤、3年は紺色となっている。
3年が卒業すると次の新入生が紺色を引き継ぐという、トコロテン方式で色は順番に受け継がれていくのだが、赤を引いてしまった我らが同輩は、日頃からその不運を嘆いていた。
というのも、青とか紺とか言うと混乱する年配の先生などから、「今年は何か頼むなら〝赤〟ですな」と、それだけ覚えておけば分かり易いとばかりに、体操服を目印にされてしまっている。行事の折など、すぐに捕まって、何かと雑用を言い付けられていた。
〝赤〟は受験には無関係、だから時間に余裕がある。1年生よりも校内に詳しいから、面倒な説明が要らない。真っ赤で目立つ。「〝赤〟ですな」ですな。
そうやって2年生が使い倒される文化祭がおよそ1カ月後に迫っていた。
文化祭の実行委員を募ったり、各クラスの演目を調整したりで生徒会執行部も慌ただしく……と、そこまでの境地には実の所、まだ至っていない。
その前に、中間テストが立ちはだかっているからだ。テストが終わった途端にノンストップ、時間は流れ出す。今、生徒会は嵐の前の静けさといった所。
今日3時間目、数学。
選択授業のテストは、中間試験の前哨戦ともいうべき実力試しだ。
吉森先生はとにかく無類のテスト好きで、抜き打ちなんかは当たり前。それは出題傾向が捉えやすいと言う利点はあるものの、俺達に気の休まる暇は無い。
膝上の教科書が図形問題に差しかかった時、いきなり俺の行列前から先生が和訳を当て始めた。
このまま行くと5番目に当たるな。
内職どころじゃないと、当たりそうな問題にアタリを付けていた所、ふと気が付けば俺の目の前、男子と女子が小さなメモを渡し合い、仲良く筆談している。
「ライン?いいよ」と女子が頷いて、そこから筆談をスマホに変えて、やりとりが再開。「え、マジ?僕なの?」と男子が唐突に声を上げた。
問題を当てられる事にムカついて反旗を翻したにしては、やけに声が弾んでいる。何が何だか分からない先生は、「そうだぞ。おまえだぞ。っていうかフライング。1,2,3、4問目が、おまえだな。何だか無駄にやる気だなぁ」
周囲も微妙に苦笑いを浮かべた。
うっかり声に出るほど、男子には何やら好い事があった……。
女子が、男子の肩を叩いて、「も、やだぁ。声でかい」と諌めるが、すぐにライン再開。スクロールが止まらない。
男子は真っ赤になって、「誕生日?僕の?え?日曜日?」
そこからはスクロールが追い付かないらしい。時折ひそひそと。嬉しくて仕方ないといった様子で、終始、女子とスマホ画面に喰い付いた。
……みんな、充実してるな。
周りに聞こえないように、俺は小さく溜め息をついた。
2学期になり。
秋にもなり。
それなのに寂しい所か、気が付けば周りはツーショットだらけ。
明るみになった永田会長と阿木を筆頭に、剣持と藤谷、その他大勢……親しい仲間内で、彼氏・彼女事情は大きな変化を来している。
もとから彼女の居るノリと、どうにか今も後輩女子と繋がっている永田バカは別として、親しい仲間の工藤に彼女が出来たと聞いた時は、少なからず驚いた。(勘違いではない。)
黒川の合コンで知り合ったとかいう、他校の女子。
そんな華やかな彼女事情は、今現在彼女の居ない俺に向かって、ゆるゆると襲いかかってくる。
「洋士にも彼女が居ればなぁー」と、本人以上に気に病んでいるお節介気味のノリは別としても、工藤などは急に勢いづいてきやがって、「沢村の行ってる塾とかに、めぼしい子って居ないの?」と、さっそく上から目線でブッ込んできやがった。
塾では四方を男子に囲まれていて、女子は後方で固まっているから様子が分からない。まぁ、どこへ座っていようが、気になる女子は気になる訳で。
とどのつまり、そこまで気を取られるような女子が居ないという事だ。
誰でもいいと〝彼女〟を探しまわるのは、もう止めた。てゆうか、修学旅行で懲りた。
あの谷村アムは、どうにか高本を繋ぎとめたらしい。まだ成立には至っていないようだが、2人仲良く世話を焼いたり焼かれたりといった様子で道を行く様はよく見掛ける。
うん、うまくいくといい。
今はもう、穏やかにその様子を眺めていられる。宮原は……もう、いいだろう。(もう忘れたい)
そう言えば、宮原も5組だ。再び、窓の外に目をやる。
誰かと違って、これといって特徴のない宮原は体操服の色に紛れると、どれがそれなのかよく分からなかった。
そして俺側に、外を眺めている余裕が無くなる。と言うのも、前のスマホ男子が、当たり前というか、ラインにかまけていて4番目の問題に答えられず、そこで順番が狂い、ダイレクト自分の身に降りかかってきたからだ。

rabbit in the moon which is jumping
月で飛び跳ねるウサギ

関係代名詞が、すぐ前の〝月〟に掛かるのではなく〝ウサギ〟に掛かる。
うっかり間違えそうな、ちょっと捻った問題だった。「good!」と先生の表情に一様の満足を見て、俺は席に落ち着く。
英語は単語の意味さえ分かっていればどうにか切り抜けられるもの。だがウサギとか月とかで一見、簡単な単語だと油断していると、まさかのトリッキーな文法がヒタ隠れていたりするから気が抜けない。
喉元過ぎれば熱さ忘れる……前の席では、相変わらずライン中。
こっちも再び彼女事情に思いを飛ばせば、何と言っても、生徒会書記の後輩である浅枝と、これまた男子バレー部で後輩の石原が、どうにか纏まったという事が1番の驚きである。
「沢村先輩、私の勝ちですね」
浅枝は早速、嬉しそうに報告してきやがった。
うん。
俺も喜んでやることにやぶさかではない。
今となっては、これといった具体的なモノを何も賭けなくて本当に良かった。浅枝は彼氏が出来て十分、幸せのはず。不幸のドン底である俺から、これ以上、何を搾取するというのか。
それを知らされた時というのがちょうど、修学旅行で忘れたアレの一件で女子2匹が相当のパニックを引き起こしたと散々責められ、慰謝料に昼飯代を出せ!と脅された後の事だった。
(忘れたアレとは?知りたい人、暇な人は修学旅行編へGO!)
残念。ツマんない。優しくない。下手くそ。言われ放題の俺が、最近そこに〝汚い〟も加わって……俺は一体、この世の邪悪をどれだけ集めれば気が済むのか。もう、いいだろ。(今はこれが1番、忘れたい。)
2時間目が終わり、3時間目の選択授業に向かう途中、4組前の廊下に阿木キヨリを見掛けた。目が合うと、お互い、はっきり分かるように挨拶にも似た合図を送り合う。
あの修学旅行以来、すべてが明るみになった今、4組にも自然に行けるようになった。それまで生徒会室以外で会うことは極力避けていた事が信じられない程、阿木とは穏やかな友好関係が続いている。
部活も勉強も生徒会も(彼女事情は横に置いても)、それとはまた別のある1つを除けば……俺は、おおむね順調であった。
選択授業の5組にやって来ると、皆さっそく試験に備えて教科書を開く。「数字だけ変えて、こういうの出そうじゃね?」と、ヤマの張り合いに余念がない。
いつもの席に着いて自分も教科書を開いたそこに、横から、黒川にぽんと肩を叩かれた。
「今度さ、タチバナの女子高、行っとく?」
つまり、また、合コン。
「おまえ余裕だな。試験前に」
「悪あがきすんな。教科書を覚えたって、どうせ出るのは応用なんだから」
「それもそうだけど」
とはいっても、教科書は開いたまま、黒川には意識半分を預けた。
「タチバナは可愛いコが多いから。ハズレは無い」
ふ~ん。
その情熱を部活に燃やすという概念は、黒川には無いのか。……無いのだ。
夏の部活中も、試合より何より、合コンのスケジュール管理に余念が無かった。
合コンは黒川がやたらセッティングして、こっちにも持ち込んでくれるんだが、そのたび理由がぼんやり色々と浮かんでくる。正直いまいち気が乗らない。
遠回しにそれを言うと、「おまえは!」と指さして、
「永田よりもデリカシーあるし、工藤よりも空気読めるし、何よりその背丈。生徒会という看板。どっちかに騙されて、どうにか女できんだろが。こういうチャンスに攻めろよ」
どれをとっても、まともな彼女ができる気がしてこないのは気のせいか。
余裕が無いというのが正直1番の辞退理由だった。
文化祭、中間テスト、そんな事情を並べて、「ちょっと今回はパス」
こっちが言い終わるが早いか、食い気味に、「洋士はヨウジでパス」
目の前で大きな×を付けられて、話は終わった。
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