雨の降る世界で私が愛したのは

嫉妬



「一凛先生」

 キリンの檻の前で園長に呼び止められる。

「いやいや、先生は本当にお忙しいんですね、なかなか捕まらない」

 このキリンの檻が最後の調査対象だった。

 今日か明日中に報告書をまとめればこの動物園での一凛の仕事は終わりだった。

「それでこの前のハルの件、考えてくださいましたか?で、いつから取りかかります?」

 園長は一凛が引き受けることを前提に訊いてくる。

「あの、わたし」

「お願いしますよ、先生」

 園長は一凛を拝むように手を合わせ頭を下げる。

 一凛が断ってもハルの移動は試みられるだろう。

 下手をするとゴリラたちの体や心を傷つけかねない。

 何よりもハルが心配だった。

「分かりました。ではちょっとハルに訊いてみます」

 不思議そうな顔をする園長に「とりあえずこの仕事を先に終わらせますから」と一凛は強引に話を終わらせる。

 じゃあ、よろしくお願いしますよ、と何度も頭を下げる園長を一凛は見向きもしなかった。



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