2月14日の小さなわがまま
 花冷えのする夜のことだ。コーヒーが飲みたいという彼に、思いつきで小さなチョコレートを添えて出したところ、頬に朱が差すほど喜んでもらえた。それが私たちの関係がはじまるきっかけだ。


『台本を読んでいると甘いものが欲しくなります。コーヒーと一緒に出してもらえたら嬉しいですね』

 馬鹿、と思った。雑誌のバレンタイン特集にそんなコメントをするんじゃないよ。
 案の定、二月十四日には事務所にコーヒーとチョコレートの詰め合わせが大量に寄せられた。


「どうすんのこれ。受け取ってもらえないかも」
 ファンからのバレンタインの贈り物は福祉施設の子供たちに譲り渡すことになっている。お菓子はいいとして、子供にコーヒー?
「施設の職員さんが飲めば」
 彼はしれっと言った。売れっ子俳優から譲られたコーヒーとなれば、休憩時間のなによりの癒しとなるだろう。彼のイメージアップにもつながる。なんて喜ばしい。でも私にとってはおもしろくない話でもあった。


「不細工な顔」
「……君がほっぺたつねってるからでしょ」
「俺のせいか」
 彼は傲慢な笑顔を向けてきた。私はこの顔に弱い。頬にある彼の手を払うと目を逸らした。


 彼は若手随一の役者だった。爽やかな雰囲気をまといながら、演技のときだけ漂わせるとっておきの影が魅力と言われていた。
 けれど、本当は自信過剰で、自分が人に影響を及ぼしているのを見るのが大好きな人なのだ。


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