今宵、エリート将校とかりそめの契りを
触れない唇
翌、早朝。


窓にかかったカーテンの隙間から射し込む弱い朝の光に、総士が『ん』と小さな呻き声を上げた。
額に翳すつもりで持ち上げようとした右腕に重みを感じ、わずかに眉間に皺を刻む。
傍らにそっと視線を落とすと、そこに琴が眠っていた。


長く艶やかな黒髪が寝乱れている。
大人と言うにはまだ不十分な、華奢な身体を小さく丸めて、総士に寄り添い小さな寝息を立てている。


総士がベッドに肘をつき上体を起こしても、琴の長い睫毛はピクリとも震えない。
あどけなさの残る寝顔を見下ろし、総士はわずかに口元を緩ませた。


「お前が俺を油断させるんじゃなかったのか?」


揶揄するように呟くと、彼はベッドを軋ませぬようにゆっくり身体を起こし、床に足を下ろした。


掛布団がはだけ、琴の白い肌が覗く。
無意識に肩を縮める彼女に布団をかけ直してやると、自分は床に落ちた着物をサッと羽織った。
簡単に帯を締め、足音を立てぬよう、ドアに向かう。


寝室を出る前に、もう一度ベッドを振り返る。
総士がベッドから離れても、まだ穏やかに眠る琴を見て、彼は苦笑した。


(あれじゃあ、俺の寝首を搔こうなど、到底無理。百年はかかりそうだ)


つい笑い声が漏れそうになるのを抑え、総士は続き間に足を踏み出した。
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