強引ドクターの蜜恋処方箋
9章
約束の土曜日が来た。

小さな旅行バックに一泊分の荷物を詰め、待ち合わせの駅に向かう。

予定の時間に少し遅れて雄馬さんが車でやって来た。

「仕事は大丈夫だったんですか?」

助手席に乗り込みながら尋ねる。

「大丈夫さ。周りの研修医達に緊急じゃない限り明日の朝までは絶対連絡するなってきつく言っておいたから」

そう言って冗談なのか本気なのかわからないような顔をして笑った。

「初めてですね。旅行なんて」

「そうだな。なかなかゆっくりとした時間がとれないもんな。とりわけ俺は研修医の身でまだわがまま言える立場じゃないし」

「でも、今日はわがままお願いしてきたんでしょ?」

「まぁね」

雄馬さんは私のおでこに軽くゲンコツを当てて微笑んだ。

向かった温泉街は都心から3時間ほど車を走らせた場所にあった。

予約してくれた温泉宿は老舗宿で外観もお部屋も雰囲気のあるきれいな旅館だった。

温泉街の中心にも近く、夕御飯までまだ少し時間があったので散歩することにした。

賑わう温泉街を抜けて少し歩くと石段が見えてきた。

「神社?」

「そうだね。さっき調べたらかなり古くて由緒ある神社らしい。行ってみる?」

「うん」

石段を上っていくと、先ほどの温泉街の喧騒とは別世界だった。

木々に囲まれた境内はとても静かで、吹き抜ける風が心地いい。

神社から下を見下ろすと、先ほど歩いてきた温泉街が一望できる。

「静かだね」

雄馬さんはゆっくりと神社に近づくとお賽銭を入れて手を合わせた。

私も一緒に手を合わせる。

「何をお祈りしたんですか?」

雄馬さんに尋ねると、「内緒」と言ってはぐらかされた。

「チナツは?」

雄馬さんに聞き返されたから「内緒」と答えると、雄馬さんは私の体を引き寄せ肩を抱いて笑った。

「祈った内容は人にしゃべったら叶わないらしいよ。だから俺は言わない」

「じゃぁ、私も言わないでおきます」

雄馬さんの笑う横顔を見上げながら、私も彼の腰に腕を回した。

この場所にはいつも過ごす都会と違って時間の流れがゆっくりのような気がする。

今日は慌てて家に帰らなければならなくてもいい。

このまま2人でゆっくり過ごせるっていうことがこんなにも幸せな気持ちにさせてくれる。

きっとどんな場所であっても、2人でゆっくり過ごせるってだけで十分だった。
















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