セルロイド・ラヴァ‘S
「・・・保科さんみたいに素敵なマスターにそう言っていただけると、ここに越してきて良かったって気になります」

どうにかそう切り返して視線を外し。カップを手にしてラテを一口飲んだ。

「社交辞令じゃありませんよ、・・・睦月さん」

柔らかい、けれど心臓を貫くには十分の威力。心臓が嫌っていうぐらい音を立てて早鳴りする。・・・ヤメテ。コワサナイでオネガイ。どこかで悲壮な悲鳴が漏れた。

「・・・この間の夜、スーツ姿の男性と一緒でしたね。僕も出かけた帰りで・・・駅で見かけました。恋人ですか?」

どこまでも穏やかな口調。私はぎこちなく顔を上げて保科さんと目を合わせた。淡い笑みを浮かべる彼の真意に惑っていた。

羽鳥さんと一緒だったのを見られていたとは思ってなかったけれど、違います、と小さく首を横に振って見せる。

「会社の営業さんで・・・。残業で遅くなったのでご飯をご馳走になって」 

そのうえ告白されたとは言えず、少し言葉に詰まった。
 
「では僕がこれから睦月さんを夕食に誘って、もっと一緒にいたいと言ったらご迷惑ですか?」 

「・・・え?」

「すみません唐突に。でも貴女を他の誰かに独り占めにされてしまうのは嫌なので・・・。あの時、睦月さんに声をかけてしまったのも僕の本能だ。・・・でなければ返す必要のない傘を渡していましたよ」

保科さんが真っ直ぐに私を見つめる。今すぐに手を伸ばさないと溶けて消えてしまいそうな、・・・儚い微笑みを滲ませて。

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