セルロイド・ラヴァ‘S
勝手が分からないから出来る範囲での手伝いを保科さんに申し出た。いくら何でもただ座って待つなんて出来る訳がない。慣れた手付きでチキンライスを炒めてる彼の横でレタスを千切り、トマトやパプリカを食べやすい大きさに切っていく。

「料理はする方?」

保科さんの問いかけに、それなりには、と頷き。

「今は一人なので簡単なものしか作らなくなりましたけど。保科さんの方がぜんぜん手慣れてます私より」

「僕も一人だから必然的にやってるだけだよ。凝ったものなんかは作らないしね」

「一人だと材料費が高くつくし、お惣菜買っちゃう方が本当は経済的ですよね」

「ああそうかも。でもこれからは二人で食べられるし効率的でしょう?」

横顔にやんわり笑みを覗かせて、保科さんは『これからは』と口にした。

『次』がある。私は包丁を持つ手を不意に止めて隣りを見上げていた。視線に気づいた彼が火を止め、半身こっちに向き直り目を細めた。

「・・・不思議そうな顔をしているね。それとも君は今夜限りのつもりだった?」

私は目を見張ってから。「・・・いえ」と小さく首を振り、カッティングボードの上の水菜に目を落として正直に告白する。

「そうかも知れないとは・・・少し思いました」

「僕がこんな風にいつも女性を誘い込んでる・・・って?」

横からすっと手が伸びてきて、私の顎に手をかけ保科さんに振り向かせた。深く目が合う。

「確かに気に入った女性を口説くこともあるよ。でも会う時は外だし、ここに連れてきたのは睦月が最初で・・・最後」

嘘か真実か。私だけっていう意味も。それだけじゃ計れない。・・・足りない。

保科さんの端正な顔が近付いてきたから反射的に目を閉じる。唇をしっとりと食まれる感触。探るように差し込まれた舌先に躊躇いがちに応えて。キスを浅く交わした。

「・・・帰ってもいいよ」

やんわりと微笑みが降る。

「今ならまだ僕は君を手放してしまえる。ただのお客さんとして、いつでもお店で迎えるよ」

選択権は私にある。彼は狡いようで・・・正しい。彼は私が欲しいと伝えてるのだから。本能であれ欲望であれ受け容れるかを決めるなら。この先のすべては自分の責任。

差し出された手を取って私はここにいる。互いを何も知らずにそれでもここにいる。・・・いたいと思ってる。

「・・・・・・帰りたくない、です」

言い切った瞬間、心臓が波打って音を立てた。

無邪気に浮かれてしまうほど子供じゃなくなった自分を。わざと遠くから見つめてるような。きっと臆病なのだ。・・・何かを信じる前に。 
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