BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
2.ミストアプローチ
「隼祥真……か」

 月穂は、まだだれもいないカウンセリングルームでぽつりとつぶやく。昨夜、祥真と再会してから彼のことが頭から離れなかった。

 まさか、また会うことがあるなんて思いもしなかった。ひと月経った今でも、祥真とのことははっきりと覚えている。

 月穂が祥真に繋がれた手の感覚を思い出しているとドアが開き、声をかけられた。

「おはよう、大和さん」
「花田(はなだ)さん。おはようございます」

 姿を見せたのは、月穂の上司、花田知恵(ともえ)。歳は四十代半ばで、優しいお母さんといった雰囲気の女性だ。
 花田は手にしていたファイルや資料をデスクに置き、月穂に笑いかける。

「今朝も早くから精が出るわね」
「私、まだまだ知らないことばかりなので……」

 月穂は今日まで、決められた出社時刻よりも早く出てきては、患者の情報や文献などを見ていた。
 どう足掻いても、経験値ばかりはすぐにどうにかできるものではない。それならば、せめて頭に入れられるものは入れておきたいと思った。
 今も、これから広げようかとしていた本を手にしている。

 花田は月穂の手元の本から視線を滑らせ、まっすぐ目を見た。

「決めた」

 凛として微笑む花田に首を傾げる。

「え? なんですか?」

 花田はカウンセリング用のソファに腰を下ろし、手のひら上に向け、対面するソファを指した。
 月穂は促されるまま、遠慮がちに座る。それから一拍置いて、花田が口を開いた。

「あのね。とある企業から、試験的にEAPの導入をしたいと言われているの」

 花田の話し方は滑らかだ。月穂は花田の声を聞くと、いつも不思議と緊張が解れていく。
 それは今も同じで、なんの話をされるのかと少々不安を感じていたはずが、『きっと大丈夫』という気持ちにさせられる。

「EAPって、従業員援助プログラム……ですよね?」

 従業員援助プログラムとは、企業が従業員のために、メンタルヘルス、健康増進などのケアを考えたもの。社員と組織、両者のパフォーマンスの改善・向上を目標として対応するというサービスだ。
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