今夜、お別れします。
「桐谷さん。今日こそちゃんと聞いてください!」
静まり返ったフロアに、思いの外彼女の声は響いた。
だから近づかなくても、千歌ちゃんの声はちゃんと聞こえた。
「千歌ちゃん?」
桐谷が彼女に向き直った次の瞬間、彼女は桐谷の胸に飛び込んで来た。
「桐谷さん。好きです!私を彼女にしてください」
胸に顔を埋めながら、それでも声を上げて必死に思いを伝える彼女を言葉もなく見ていた。
桐谷の彼女は私なのにとか、どうして桐谷は千歌ちゃんを拒まないのかとか、そういうことを考える前に、千歌ちゃんの真剣な想いが痛いほど伝わって来て胸が苦しくなった。
私は、桐谷にこんな風に想いを伝えたことがあっただろうか?
そんなことを考えていた。
だけど、そんな思いは次の瞬間には吹き飛んでいった。
千歌ちゃんが、桐谷の首に縋り付くようにして唇を桐谷のそれにぶつけた。
そして、桐谷はそれに抗うことなく、黙って彼女の唇を受け入れていた。
せめてもの救いは、桐谷の手が千歌ちゃんを抱きしめたりはしなかったことだろうか?
それでも、彼女を離そうとしない桐谷の態度にムカついた。
ほんの少し前は、千歌ちゃんの勇気に感心していたのに。
なんて勝手な人間なんだろう、私は。