今夜、お別れします。
その日、桐谷は接待があるとかで、でも会社に仕事が残っているから帰ってくると同じ部署の人から聞いていた。
フロアの照明が落とされ、残業している社員のデスクの明かりだけがポツポツとついていた。
その数が1つ、2つと減っていって、ようやく桐谷がデスクに戻って来た時には、最後の社員がパソコンをシャットダウンした直後だった。
私は給湯室でお湯を沸かし、桐谷にコーヒーでも入れてあげようと思って準備をしていて、少し覗けば見えるフロアを見ていた。
最後の社員がフロアを出て、桐谷がデスクのパソコンを立ち上げたのを見計らってコーヒーをカップに入れてお盆に載せた。
疲れた時には甘いもの。そう思ってブラック派の桐谷にスティックシュガーを一本付けた。
そうしてフロアに戻ろうとした時、「桐谷さん」と彼を呼ぶ可愛らしい声に気づいて、思わず隠れてしまった。
千歌ちゃんだった。
彼女は今日は定時で帰ったはずだった。タイムカードを押すところを見たから間違いない。
もしかして、ずっと桐谷を待っていたのだろうか?私と同じように。
「千歌ちゃん、まだいたの?」
桐谷が彼女を心配する声が優しい。
やっぱり、妬けてしまう。