冷酷な騎士団長が手放してくれません
王子の誘惑


淡い水色の空に、綿のような雲が浮かんでいる、穏やかな気象のその日。


母のマリアにされるがままに着飾ったソフィアは、カダール公国に向かう馬車に乗っていた。


ドレスは薄い紅色で、袖には大振りなベージュのレースが縫い付けられている。楕円形に大きく開いた胸もとにも同じ色のレースが施され、中心に縫い付けられたリボンが華やかさを添えていた。


リエーヌで買ったつば広帽子はラベンダー色で、バラのモチーフと羽で豪華に盛られている。






「いや~。カダール公国、久しぶりだな」


ソフィアの向かいで呑気な声を出しているのは、兄のライアンだった。


ライアンは、栗色の髪に、二十二という年のわりには幼い顔立ちをしている。


あまり賢くないのが残念なところだが、人当たりが良くいつも冗談を言って場を和ますので、自然と人望を集めるタイプだ。


「行ったこと、ありますの?」


「そりゃ、そうだろ。僕は、行く行くはアンザム辺境伯になる人間だぞ。ていうかお前、あのニール王子から招待状を貰うなんてすごいな。ソフィアがカダール公国に嫁いでくれたら、アンザム家も安泰だ」







兄のことは好きだが、ソフィアは多少不満だった。


本当は、付き添いにはリアムに来てもらいたかったからだ。


だが母のマリアが断固反対し、代わりにライアンを付き添わせた。


ソフィアがニールと結婚すれば、いずれはアンザム家の当主となるライアンとの交流も不可欠だからだ。


婚約も定まらないうちから、色々と画策する母。ソフィアは、既に圧迫感に押しつぶされそうだった。








「お前には感謝しているよ。サロンと言うと普通は女主人が催すものなのに、ニール王子は男だ。おまけにゲストも、男が主流と聞いた。前から、どんなことを話し合っているのか、興味津々だったんだよ」


八重歯を見せてにっと笑うと、「それにしても、じわじわ暑いな~」とライアンは扇子を扇ぎ始めた。

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