蜜月オフィス~過保護な秘書室長に甘やかされてます~
一章、彼の唇まであと一センチ
日本有数の大企業である倉渕物産の受付の前を、ひとりの男性が颯爽とした足取りで通りすぎて行く。
「お帰りなさいませ」
少し声を大きくさせて受付カウンター内から微笑みかけると、その彼は私に向かって軽く手を上げ、綺麗な笑みを浮かべた。
「副社長、いつ見ても完璧」
隣に立つ先輩受付嬢である久津間(くつま)さんから聞こえてきた呟き声に、つい表情を崩してしまう。
苦笑いをしながら「私も毎日そう思ってる」と小声で相槌を打った。
今目の前を歩いていった甘いマスクで長身の彼は、倉渕遼(くらぶちりょう)。
倉渕物産の副社長であり……私、倉渕花澄(かすみ)の四歳上の兄である。
お兄ちゃんは昔からすべてにおいて完璧である。
成績も運動神経も良かったし、仕事の面においてもめきめきと頭角を現し、三十一歳という若さでありながら倉渕物産の副社長に就任。お父さんである社長の片腕として余すことなく手腕を振るっている。
お兄ちゃんの凄いところは、社長の息子だからと妬みを口にする人たちでさえ、その実力までは否定できずにいることだろう。
本当に優秀な兄なのである。
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