続・マドンナブルー
第一章
 咲羅が高校を卒業してから、八年がたった。

 二十六歳になった咲羅は、ふたたび母校の美術室にいた。彼女の背後には、八年前と同じ、きらめく海洋が広がっている。そして彼女の前には、制服を着た高校生たちがずらりと着席し、咲羅に視線を注いでいた。

 いくぶん緊張している咲羅は、すうっと息を吸い込むと、高校生たちに話し始めた。

「みなさんはじめまして。門倉咲羅と言います。私はこの学校の卒業生です。教員試験に合格して、一年目に自分の母校で教えることになるなんて、まさか思ってもみませんでした。美術の楽しさをたくさん伝えていけたらな、と思ってます・・・・・・」

 咲羅の話が終わらないうちに、「はい!はい!」と威勢よく手を上げる男子生徒がいた。クラスに一人は、こんなお調子者がいるものである。

「先生かわいいね。彼氏いるの?」

 どっと笑いが起こる。大半がもっとやれとはやすような男子生徒の笑いで、彼らよりも精神面が大人である女子生徒は、呆れ顔を浮かべている。咲羅のような、まだあどけなさの残る女性教師は、たいてい洗礼のように、この類の質問を浴びせられる。これで、おおよその地位を査定されてしまう。ひるむようなら、生徒と同等にみなされる。毅然と対応できれば、教師と認められる。

 咲羅はもちろん、後者をつらぬくつもりでいた。・・・・・・が、まごついてしまった。その理由は、彼女自身よく分かっていた。咲羅は宙に足を浮かせたような心持で、心ここにあらずだった。そんな落ち着かない気持ちは、初任地が母校と分かったときから始まった。今日、八年ぶりに美術室に足を踏み入れたとき、その感情は一層強くなった。

 戸惑っている咲羅に、一人の女子生徒が助け舟を出した。

「佐野!やめなさいよ。先生困ってんじゃん」

 きりっとした芯の強そうな女の子である。どことなく美奈子と似ている。となると、佐野というお調子者は、杜であろう。

 咲羅はたまらなく懐かしくなった。おもわず、生徒の群れから自分を探そうとしたが、踏みこたえるようにして思いとどまった。

 美奈子は現在三人目を妊娠中である。杜は相変わらずのお調子者だが、子煩悩なよきパパとなっていた。梅田は藝大を卒業後、都内にある大手出版社に就職した。そこで発刊されている、美術雑誌の副編集長を担っている。咲羅は地元の美大を卒業後、三年間非常勤講師を務めた。そして、四年目にして、ようやく教員試験に合格した。その赴任地が、偶然にも母校となったのだった。

 安藤は?というと、彼のことは何も知らない。高二の終わりに彼はパリへ立ち、それっきりである。咲羅も一度パリに行っている。大学の卒業旅行で行ったのだ。そこで、彼女なりに安藤の消息を探ったのだが、何一つ収穫を得られなかった。
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