神様の居酒屋お伊勢
一杯目 インスタ映えする“神”唐揚げ



「帰りたくないな」


お正月ムードも少し落ち着いてきた一月の上旬。吹き抜けていった冷たい風に思わず身を縮めた。日が暮れるにつれて減っていく人の波を眺めながら、右手に持っていたみたらし団子を頬張る。

出来たてで柔らかかったはずのそれは、すっかり冷めて硬くなっていた。


飲食店や土産物店がずらりと両脇に並ぶ石畳の通り。

情緒あふれる店が軒を連ねるここは、伊勢神宮内宮(ないくう)の門前町『おはらい町』。

いつ来ても観光客でいっぱいで、お祭りのような賑わいを見せている。


だけど、それは太陽が顔を出している間の話。内宮の参拝時間が終わる夕方には一斉に店じまいが始まり、町全体が眠りにつくのだった。


「これから、どうしよう」


硬くなっていたみたらし団子を飲み込んで、ひとりごちる。


『とりあえずそれ、神頼みでもしとけば?』


大学時代の友人である葉月が、呆れたように電話の向こうでそう言ったのは一週間ほど前のことだった。


――〝就活〟という名の戦いを終え、この春から新卒社会人として働きだした私、濱岡莉子(はまおかりこ)は、それなりに順調に人生の軌道に乗っていたはずだった。必死になって入った会社を、たったの三カ月で辞めることになるとは思ってもいなかったのだ。

四月と五月の研修期間中はまだよかった。研修の雰囲気がやたら体育会系で、社訓を大声で読まされたり、修行みたいな合宿がゴールデンウィークにあったりしたのは気になったけれど、東京のOLになったというキラキラ感もあったし、周りの同期とも愚痴を言い合えた。

だけど六月になって配属されたのは、文系の私には無縁だと思っていたシステム系の部署だった。

やらなきゃいけない仕事はたくさんあるのに、なにから手をつけたらいいのか分からない。周りの先輩たちは常に忙しそうで聞くに聞けない。自分なりに勉強もしたけれど部署内で飛び交う会話にまったくついていけない。終電で帰る日々だった。


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