記憶がどうであれ
新たな恋

10話

 私が元の名字に戻ったばかりの頃は職場のお姉さま達も気を遣ってくれていたけれど、あれから一年も経つと、再婚の話しをされる様になる。
 誰誰の弟さんが…とか、友達の知人で…とか、そんな話しに苦笑で断りを入れる。
「相手の方に申し訳ないですよ」
 年齢は私よりも上だけれど、一度も結婚したことがない人を紹介してくるからそんな風に答えていたら、バツ一の人を紹介された。
「知り合いになってそんなに日は経ってないんだけどさ。真面目でいい人だよ。 会ってみない?」
 お見合いみたいに堅苦しく考えないで、と店長に言われ頷いた。
 結婚を考えてはいないけど、新しい恋をしたいと思えるようにはなっていたから。

 元主人からの連絡は一度もない。
 それは連絡先を教えていないので当たり前なのだけれど、いつか私を探し出してくれるのではないか。なんて夢を見ることだってしていないし、探し出されたとしても一度は忘れられた存在だった記憶を消すことはできない。
 記憶を無くしてからの元主人とは笑顔で話しをすることさえできなかった…そんな最後だったのだから。
 それに、私は『忘れたい存在』なのだと彼女に言われた台詞は多分一生忘れることは無いのだろう。
 元主人にとって、忘れてしまいたい程の妻…なんて寂しい台詞だろう。

 元主人と離れてみて確信したのは、やはりあんな風に私を求めてくれる人は現れないという事。
 どこかで素敵な出会いが…なんて私には起こり得なかった。
 孤独感で押し潰されそうな夜が何度もあった。
 でも職場に行けば明るく和やかに仕事ができていることが救いだな…としみじみしたりして。
 今でも店長はやっぱり私の憧れの人で、もちろん恋愛的な意味では無いが。
 その店長に紹介された相手というだけで信頼度が上がった。

 会ってみての感想は…
 真面目そうな人。
 眼鏡で老け顔に見えているけど、私とそんなに年は変わらないのかな。
 これも眼鏡の所為かも知れないけれど気難しそうに見えるな…
 でも、体つきはしまっていて、不摂生はしていなさそうで健康そうに見える。
 髪も綺麗で清潔感があり好印象。
 そして、何よりも目が無くなる程くしゃっとした笑顔が印象的な人だと思った。
 その笑顔にときめいてしまったりして…
 こんな笑顔をいつも見せてくれる人と一緒にいれば幸せな気持ちになれるのではないかと思った。
 見た目の気難しそうな雰囲気とは違い本質は優しい人なのだと感じた。
 そう思ったら、お付き合いすることにすんなりと頷く事が出来た。

 お互いの休みが合わずにデートは頻繁に出来なかったけれど、彼はいつも私の体調を気遣ってくれた。
 付き合いが深くなり、初めて関係を持つ時、
「久々で緊張します…」
 だなんて言って私を笑わせた彼。
「私もです」
 と言う私の台詞に彼も笑っていた。
 お互いに離婚してから恋人の一人も出来ていなかった。
 どうしてこんな素敵な人に恋人ができなかったのか不思議だ。
 …もしかしたらとんでもない秘密があったりして。
 秘密、とまでは言わないけれど、彼の夜の顔は驚くほど奉仕体質だった。

「可愛かった」
 と彼は私を腕に抱き呟く。
 恥ずかしいより、嬉しくて、幸せで、私はその時……
 元主人も幸せになっただろうかと頭を過った。
 結婚を決めた時、私は今後の人生は元主人にだけ抱かれるのだと信じていた。
 だけど、離婚して一年程で別の人に抱かれた。
 罪悪感はもちろん無い。 離婚しているのだから誰に咎められることも無い。
 ただ、抱かれて幸せだと思えている自分が嬉しい。

 自分が幸せな時は人の幸せも願える…そんな心の余裕が私に芽生えている。

 元主人も幸せになっていて、と目を閉じて祈った。その相手が同僚の彼女であっても私の心は痛まない。
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