記憶がどうであれ

2話

「離婚……しますか?」
 主人に向かって訊く。
「申し訳無いが結婚自体した記憶が無くて…なので…そうですね…そうしていただけると助かります」
 視線を彷徨わせる主人…こんな表情見た事が無い。
 本当に私の知っている主人ではないのだ。
「結婚してから住まいが変わったのですが…覚えていますか?」
 そう訊いても首を横に振る。
「家にご案内します。 一緒に帰りましょう。そこで今後の事を話しませんか?」
 私がそう促すと、
「待って下さい。彼は混乱しています。
今貴女と二人にされても戸惑うだけだと思います!」
 同僚の彼女がそう言った。
 彼女は主人を自分の家に連れて行こうとしているの?
 同性ならまだしも異性の同僚というだけの人が何故?
 それに何をそんなに必死になっているのだろう。
 主人の記憶が消えた、ここ二年の。
 一切忘れたのなら仕事を辞めなければいけないかもしれないが、今の主人は説明されればきっと仕事を続けられる。
 ここ二年で出会って結婚した私との関係をどうするのか考えるべきなのではないの?
 それは同僚の彼女に関係の無い事のはず。
「私と二人にしたくないと思ってるんですか?
でも、今の私達は夫婦なんです」
「でも! 今の彼にとって貴女は知らない人だわ!」
「私達、二年前は知らない者同士だったんですよね…
 それが結婚する程愛されたはずだったのに…人生なんて残酷ですね」
 主人も彼女も何も言わない。
 二年前から主人と彼女は知り合いだったはず。
 それなのに主人は彼女を選ばずに私と結婚した。
 その時の主人の考えを私は知らない。
 だけど、結婚後に後悔していたのかも知れない…
 今となっては本当のところどう思っていたのかを知ることは出来ない。

「大丈夫ですよ。離婚に向けての話し合いをして、引っ越しの相談をするだけです。
…泣いて縋って困らせる様な事はしません」
 私は力無く小さく笑った。
< 2 / 41 >

この作品をシェア

pagetop