記憶がどうであれ

3話

 主人とはなんとなく結婚した。
 愛しに愛されて、その愛に応えたいと思った。
 だから主人が別れたいと言うのなら別れることに躊躇いは無い。
 ただ、あんなに私を愛しているという猛アピールをしていた主人が、今は離婚して欲しいと言う事が不思議。
 一目見ただけで「好みの人だ」とか「この人と結婚していたのか、納得だ」と思ってはくれないのか…
 不思議と言うよりガッカリしたのかな。
 そうだ、きっと私は落胆したのだ。
 主人の態度に。

 階段から落ちて病院へ運ばれたと連絡を受け、仕事を放り出して病院へ急いだ。
 階段から落ちて上半身と腰を打ったらしいが骨折はしていない。
 看護師さんからそう状況を聞き安心して主人の処置が終わるのを待っていた。
 処置室から出てきた主人に駆け寄ると「え?」と戸惑った声が聞こえ、安心が不安へと変わった。
 その態度をどう受け止めればいいのか解らなかった。
 私の隣には転落事故の時一緒に居たという同僚の彼女。
 彼女へ「天野! この人誰?」と主人は訊いた。

 驚きつつ夫婦二人で医師の説明を受けた。
 CTの結果、脳にも骨にも問題は無いと言われ「記憶が一時的に飛んでいると思われる」とのことだった。
 医師が数個の質問をすると主人はここ二年程の記憶を無くしている事が判明した。
 全てを忘れたわけでは無い。
 きっとたくさんの思い出はしっかりと残っている。それは幸運だと思った。
 そんな風に私は楽観的だった。
 二年間の事を忘れてしまっても、スマホの中にはたくさん写真があって思い出を共有していけると思ったから。
 そして主人は私に対してまた同じ気持ちを持ってくれるという自信があった。

 ところがどうだ、同僚の彼女はまるで自分こそが主人のパートナーの様な態度を取り、主人もそれを許容している。
 私が知らなかっただけで二人はとても親しい関係の様だ。
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