その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 それについては大丈夫だろう、と彼女は思っている。ちらりと父親を見たとき、いかめしい顔がこれまでになくやわらいで見返してくれたからだ。

 思い出してふふ、と笑うとフレッドが怪訝そうに眉を寄せる。

「アランが寄宿学校を卒業して家に戻ってきたら、家を取り戻すでしょうから。いいんです」

 だから今度は、目の前で拗ねてみせた夫を誰よりも笑顔にしなくては。

「フレッド」
「うん?」

 オリヴィアはするりと彼の腕から手を外す。音楽はまだ続いている。急に動きを止めた二人を、皆が目を丸くして見守る。

 父親にアラン。グレアム夫妻やフレッドの両親、サイラスとリリアナ。フリークスとグレアム、アルバーンの使用人たち。社交界で付き合いのある貴族や、領民たちの一部。

 ──守りたい、笑顔でいて欲しい、大事な人たち。

「フレッド」

 思いをこめて、オリヴィアは再びその名前を呼ぶ。

 自分から誰かに触れたいと思う日が来るなんて、出会いのときには想像もしなかった。

 彼がなにか言うよりも早く、彼女はその胸に飛びこみ、伸び上がって最愛の夫に口づけた。


「愛しています」


 フレッドが珍しく目を見開いて硬直する。オリヴィアが碧の瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべると、わぁっと周囲から大きな歓声が上がった。


 歓声は春のやわらかな空に幾度となく溶けていった。



【了】
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