女探偵アマネの事件簿(上)
黒の貴公子 再び
人が持っているものほど、欲しくなると言うのは、人間なら誰もが一度は持ったことのある感情だろう。

特に幼い頃は、要らなくなった物を誰かにあげようとする時、やっぱり惜しくなる。

大人になった彼は、あの頃とは少しだけ違いながらも、人の物を欲しがった。

宝石だったり、標本だったり。他人が一番大切にしていた物が何よりも美しく見え、その美しさを手にすれば、心の穴も埋まると思った。

けれども、盗んでも盗んでも心は渇いている。それは何故だろう?

「教えてよ。探偵さん」

盗んだセイレーンの涙を眺めながら、彼は最近出会った探偵の女性を思い出す。

「次は君の片割れにしようかな?」


「また黒の貴公子がロンドンにやって来たそうですね。今度はとある男性が持っている、ウンディーネの雫だそうですが」

「ウンディーネの雫って何?」

フィッシュ&チップスと、コーンサラダ。それからバターをたっぷり塗ったトーストを机に並べながら、コーヒーを飲んでいるアマネを見る。

「昔、ある貴族の女性が死ぬ間際恋人に渡した指輪ですよ。恋人と言っても、最初から結ばれることは叶わない相手でしたが。彼女は恋人以外のモノになるくらいなら死を選び、心と共に指輪を男性に渡しました。・・・・という説がありますが、真実は分かりません」

「・・・・何か、悲しいよな。貴族は貴族同士とかさ。相手が貧しいから認められないってのは良く聞くけど、心まで貧しいかどうか分かんねーじゃん」

添い遂げるならば、誰だって一番一緒にいたい人を選びたいだろう。

しかし、この時代では、人が人を自由に愛することなど許されなかった。特に貴族の人間は、自由などないに等しい。

「それは………どこの国でも大体同じですよ」

「で?その男の人の宝石の警備するのか?」

「はい。そのつもりです……しかし、狙ったのがまさかウンディーネの雫とは。彼は、きっと知っているんですね」

意味深なアマネの言葉に、ウィルは内心首を傾げながらも、聞き返すことはしなかった。

聞いたところで、恐らく答えてはくれないからだ。

(最近、やっとアマネの思考が読めるようになってきたな)

表情が乏しいので、何を考えているのか分からないが、態度や癖は分かるようになってきたので、そこから何となくアマネの考えを読み取れるようになった。

(アマネが話してもいいと思ったことは、勝手にペラペラ話してくれるが、途中で言葉を止めるってことは、話す気はないってことだ)

我ながら、助手らしくなってきたんじゃないかとウィルは小さく手をグッと握ってガッツポーズを取る。

「……これくらいでいいでしょう」

そんなウィルの後で、怪しげなものをウィルのコーヒーに入れているアマネに気付く者はいなかった。
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