FF~フォルテシモ~
***

 次の日の午前中、まったく仕事になりませんでした。ごめんね山田くん、すっごく迷惑かけてる。

 お昼の時報を聞きながら、立ち上がる事すらできなかった。

(弁当を渡すだけだっていうのに、今頃になって怖じけつくなよ。いい年して、みっともない――)

 両手に拳を作り、膝上をガンガン殴ってから立ち上がる。

「……お昼、行ってくるよ」

 山田くんにそう告げて、部署から出ようとしたら声をかけられた。

「今川部長大丈夫ですか? 何だかフラフラしてますよ」

 心配する声に思わず苦笑いしたが、びしっと親指を立てながら答える。

「武者震いだよ、山田くん」

「……何かと戦うんですか?」

 俺は静かに頷く。朝比奈さんに好意を寄せる男性陣や会長等々、強敵と戦う事になるだろう――ってこれは口に出して言えない。

「行ってきます!!」

 ヨロヨロしながら、やっと会議室に到着。自分の情けない姿に、心底嫌気がさす。深呼吸をして重い扉を開けると、不安そうな顔の朝比奈さんがこっちを見た。きっと遅くなったから、心配させてしまったんだろう。

「こんにちは。申し訳ないけど今日は一緒に弁当、食べられないです」

 ――告白弁当のそばには、どうしても居られない。

「忙しいなら、仕方ないですよ」

 寂しそうに言う、彼女の頭を撫でてあげた。

(どうしてもハズカシイから、傍にいられないんだ。ごめんな――)

 挙動不審な俺を不思議そうに見つめる、朝比奈さんの視線が痛い。多分、顔が赤くなってるかも。さっきから頬が熱い。

「ちゃんと出先でしっかり食べるから、君の弁当」

 今のところ、出先はまだ決まってません!

「はい、お仕事頑張って下さい」

 その言葉に頷きながら、会議室を飛び出した足で素早く引き返す。そしてちゃっかり扉を小さく開き、コッソリ中を伺った。

 彼女は弁当箱を開けて、すぐに閉じる。まるで見てはいけないモノを見てしまったかのような行動に、無性に心が痛んだ。だけどもう一度開けて中を確認する彼女の顔は、茹蛸みたいに真っ赤になっていた。

 その様子に安堵のため息をついたら、彼女が両手で口を押さえて立ち上がり、こっちにやって来る。慌てて向かい側にある会議室へ逃げ込んだ。

「今、会ったら絶体絶命級のヤバさです」

 額にじわりと滲む汗を手の甲で拭った。その後、恐るおそる外を覗くと、彼女が会議室に戻って行く後ろ姿が見えた。

 はーっと溜め息をついて、また彼女がいる会議室を覗き見る。すると、泣きながら弁当を食べていた。その姿を見るだけで、胸が熱くなりキュンとなる。

 明日彼女に会ったら、まずは何て声をかければいいだろう。

 挨拶した後に続く言葉を考えていたら、午後の始業時間になってしまった。
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