異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「あなたは気丈に振る舞っているが、本当は泣き虫なのだな」

 彼の手が頬に移り、涙を拭っていく。もう片方の腕が腰に回り、引き寄せられた。彼の胸に押しつけられた私の耳に、トクンッと自分以外の鼓動が聞こえてくる。悪夢から覚めたようにほっとして、その胸に顔を埋めた。

「あなたをミトから引き離したのは俺だ。罪悪感で心が苦しいのなら、この俺にぶつけてくれ。それで心が軽くなるのなら、どんな叱責でも受けよう」

 彼の身体から響いてくる声音は柔らかい。

 ああ、この人はどこまでも情が深い。他人を思いやりすぎて、自分を傷つけてしまうほどに優しい。

 それに甘えてしまうのは簡単だが、あそこでミトさんから離れると決めたのは私だ。その選択さえ彼のせいにするのは、お門違いというものだ。

 私は守るように抱きしめてくれている彼の腕の中で顔を上げ、きっぱりと告げる。

「感謝こそすれ、あなたを責めるなど見当外れです。私は彼を死なせてしまった自分の軽率さを重く受け止めて、二度と繰り返さないために失った者たちのことを思い出しているのですから」

 突如、泣いていた女が語気を強めて意見し始めたからか、シェイド様の目が瞬く。予想だにしていなかったという表情だった。

 お互いの間に流れる空気と時間が止まったような一瞬の静寂の後、シェイド様はぷっと吹き出す。すぐに咳払いをして誤魔化したが、きちんと私の耳には届いていた。

「私は真面目な話をしているんですよ」

「すまない、意地っ張りなところが可愛らしいなと思ってしまって」

 口元を手で覆い、シェイド様は私から視線をそらすと必死に笑いを堪えながら答える。

「もう、からかわないでください」

 可愛いなどと、笑った後ろめたさを誤魔化す口実だろう。そう思って軽く眉尻を吊り上げたのだが、目の前の彼がふいに真剣な表情をしたので呆気にとられる。

「俺があなたに紡ぐ言葉は、いつも本心だけなんだが」 

 逆に心外だと不機嫌なしわを眉間に作るシェイド様に、私のほうがたじろいでしまう。

 私は悲しいことに恋愛経験より看護師経験のほうが長いし、特別容姿が整っているわけでもない。そんな地味な女を可愛いと言ったことが本心だと?

 真面目な顔で言ってくれたのは嬉しいのだが、やっぱり半信半疑だ。

「参ったな……。今後の課題は鈍いあなたに、どうこの気持ちを伝えていくかが課題になりそうだ」

 鈍いとは酷い物言いだ。

 やれやれ、というふうに苦笑するシェイド様の腹黒い説は本当ではないかと実感した日だった。

< 43 / 176 >

この作品をシェア

pagetop