異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
 あの線を超えたのは八千人もいた月光十字軍のうち、たったの二十人だけ。五千人は私たちを逃がすために戦場に残り、生死不明。残り二千九百八十人は、ここに到着するまでに亡くなった。

 こうやって、ひとりになるとどうしても考えてしまう。私に「ありがとう」と言って去っていった人たちの冷たい手と、最後の表情が頭に媚びりついて離れない。

 私はどうして、この世界に飛ばされてしまったのだろう。戦争などない平和な国で生まれ育った私には、ここはあまりにも過酷すぎる。でも、私のせいで亡くなった者もいるのに逃げ出したいと思うことこそが罪のように思えて、心は罪悪感に悲鳴を上げていた。

 しかし、こうして自分の弱さと向き合う時間はきっと必要なのだ。なぜ救えなかったのだろうと無力さを自覚することで、私は過ちに気づくことができる。

 目に涙が滲んできて、視界が歪む。今日は底なしにあふれてくる雫が枯れるほど泣いて、胸の中をすっきりさせよう。そう決めて瞼を下すと、両手で顔を覆った。

 しばらくして、ゴワゴワと響く風の音の中に靴音が混じっていることに気づいた。それはすぐそばまで近づいてきたのだが、泣き顔を晒すわけにはいかなかった私は手を外せずにいる。

「若菜、部屋にいないから探した。そのような格好で外へ出ては冷えてしまう」

 柔らかい声音が耳に届き、フッと身体の力が抜ける。それでもこんな顔を見せられたら彼が困ると思い、覆った手を外せないまま「私になにか、ご用がありましたか?」と尋ねる。

 すると手首を優しく掴まれて、ゆっくりと外された。頑なに隠していたくせに抗う気は起きず、私は涙に濡れている顔で彼を見上げる。

「ミトのことがあってから、心も身体も休む暇がなかっただろう。喪失感というのは、落ち着いたときに急に襲ってくるものだからな。今頃、ひとりで泣いていると思って探していたんだが、予想通りだった」

 その言い方はシェイド様も同じ経験があると言っているように聞こえた。

 当然だわ……。

 彼は肉親と自軍の兵を失い、信頼を置く騎士さえも戦場に残して生死不明。私以上に多くの喪失感と戦っていたはずなのに、それでも残された者を守るために前を走り続けていた。

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