君と出逢ってわかること、すべて
 人の顔を覚えるのは苦手だ。
 丁寧に記憶をたどれば、あのときにいた人、くらいまでは思い出せる。
 だけどそこから先の、自分と縁のない情報や名前なんかがうまく結びつかない。

「誰かと待ち合わせ?」
「そうでもないんですけど」

 よく言えば気さくに、悪く取れば馴れ馴れしく話しかけてきた彼は私にはっきりとした約束がないと知るやいなや、同じテーブル席に腰掛けてきた。
 大学の昼過ぎのカフェテラス。夏が本気を出すまでまだ間があると思っていたけれど、今日は暑い。

 席は他にもあるのに何故ここに? と面と向かって聞くことができず、かといってあからさまに拒絶するのも気が引けた。
 私は彼に合わせて世間話に興じていた。
 共通の受講科目があったので、講師の話なんかをいろいろと聞かせてもらった。


「違っていたらすみませんなんですけど、先輩このまえバスケしていた人ですよね」

 通っている外語大学の同じサークルの先輩だった。
 先日、体育館でバスケットボールをしていたうちのひとり。
 ワンサイドゲームの、負けてる側のうまい人だったような、黒いTシャツを着ていたような……。

「あれ、見てたんだ」
「うまいんですね、バスケ」

 先輩は目を瞬かせたあと、口角をあげて笑った。
「……人違いじゃない?」
 変な汗、出た。

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