しあわせ食堂の異世界ご飯2
2 お姫様のクレームブリュレ
 しあわせ食堂の二階には、エマとカミルの部屋のほかに、住み込みで働いているアリアとシャルルの部屋がある。
 広さは五畳ほどとエストレーラにあるアリアの自室に比べれば手狭だが、日本人だった前世の部屋が同じくらいの広さだったため落ち着く。
 簡素だがベッドと机も備え付けられているので、アリアは気に入っているのだ。
 机の上には、アリアがしあわせ食堂のために考えた新メニュー案の書かれた紙が何枚も置かれている。
 今日も、お店が閉まってから机に向かって料理のことばかり考えていた。
「あ、もうこんな時間……」
 気づいたら、窓の外が暗くなっている。
 アリアは料理のことを考えるとすさまじい集中力を発揮するので、あっという間に時間が経ってしまうのだ。

「大変、たいへんです~!!」
「シャルル!? いったいどうしたの?」
 アリアがずっと自室で新メニューを考えていると、ノックもせずにシャルルが飛び込んできた。侍女服を着ているので、王城へ行っていたということがわかる。
 息を切らしているので、急いで帰ってきたのだろう。
 アリアがシャルルにお茶を差し出すと、それをごくごくと一気に飲み干した。
「……ふう。ありがとうございます、アリア様」
 呼吸を整えて、シャルルはふうと息をつく。
 彼女は、しあわせ食堂で働いているときや人がいる場合は『アリア』と呼び捨てにしているが、それ以外のときはきちんと『アリア様』と呼んでいる。
 シャルルは懐から一通の手紙を取り出し、アリアに差し出す。白色の綺麗な封筒は、宛名部分にアリアの名前が書かれている。
「私に手紙? いったい誰が……っ!!」
 首を傾げながら裏面を見て、封蝋に息を呑む。
(これって、トワイライド王家の紋章……よね?)
 シャルルに視線を向けると、静かに頷いた。
「リベルト陛下の妃候補として滞在している、セレスティーナ・トワイライド王女の侍女から預かりました。お茶会への招待状だと、聞いています」
「お茶会……」
 アリアは封を切り、手紙の内容を確認する。そこには確かに、セレスティーナ王女のサインと、お茶会へ招待する旨の内容が書かれていた。
 現在、このジェーロ帝国にはアリアのほかに四人の妃候補が滞在している。
 最初はもっと大勢の候補者がいたけれど、皇帝であるリベルトに婚姻の意思がなくどの王女にも謁見しないため、国へ帰ってしまったのだ。
「アリア様、なんて書かれているんですか?」
「一週間後に、妃候補全員でお茶会をしましょうっていうお誘いみたい」
 主催のセレスティーナのトワイライドは大国で、エストレーラは小国のためこの誘いを断ることはできない。
(開催が一週間後だと、あまり時間がないわね……)
 準備しなければいけないことは、多い。
 ドレスや装飾品は一式持っているけれど、王城に着替えや支度をするための部屋を借りなければいけないし、手土産も用意しなければいけない。
「シャルル……」
「はい、準備は私が進めておきます! フォンクナー様に部屋を借りて、ドレスはそこに移しておきますね」
「ええ、お願い」
 シャルルの言うフォンクナーとは、ジェーロの大臣だ。
 アリアたちが初めて王城に来たとき、皇帝の代わりにあった人物だ。街で暮らす許可をしてくれ、何かあったときは相談にのってくれて気遣いもしてくれる。
「でも、今後のことを考えると……アリア様の部屋だけは、王城にももらっておいた方がいいかもしれません」
 住んでいるのはしあわせ食堂の二階だけれど、王城にも部屋を持つのはアリアも賛成だ。その件はシャルルにお願いして、アリアは手土産のことを考える。
「招待していただいたお茶会に手ぶらで行くことは失礼だし、エストレーラが舐められてしまうわ」
「手土産だと、お菓子類か国の特産品を持っていくことが多いと聞きました。それに、他国の姫様たちは国から専属の料理人も連れてきていますし……」
 もし菓子類を手土産にするなら、きっと王城で調理をしてそのまま出すだろう。しかしアリアには侍女のシャルルしかいないので、自分で用意するしかない。
「これほど料理人でよかったと思ったのは、初めてかもしれないわね」
「じゃあ、アリア様がお土産のお菓子を作るんですか?」
「もちろん! 全員をうならせるようなお土産を用意しなきゃね」
 アリアとシャルルはぐっとこぶしを握り締めて、ふたりで気合を入れた。


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