水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
奪われたファーストキス
 ゆら、ゆら。四肢がぶら下がり、身体がリズムよく上下に揺れている。頬と胸に、人肌の心地よい温かさを感じ、波音は目を覚ました。誰かに背負われているようだ。

「……碧兄ちゃん?」
「おい、勝手に兄ちゃん呼びするな」
「……え? あっ、ご、ごめんなさい!」

 波音は、寝ぼけながら幼少期を思い出していた。遊び疲れた時や、水泳教室のレッスンの後は、こうして『碧兄ちゃん』が波音背負い、よく連れ帰ってくれたのだ。

 ついうっかり、目の前の碧を兄ちゃんと呼んでしまい、波音は慌てて謝った。

「はあ……いくら呼んでも叩いても起きないから、こうして運んでやってるんだ。ありがたく思え」
「本当にすみません! 自分で歩きますから!」
「もう着く。ふらふら歩かれても困るから、おとなしくしてろ」
「……はい」

 呆れたように肩をすくめながらも、碧は軽く笑って波音の身体を抱え直した。両足の膝裏に差し込まれた手の存在に気付き、波音の胸がトクンと鳴る。

 どんなに言葉がぶっきらぼうでも、高圧的でも――碧は、優しい。

(そりゃ、渚さんも好きになっちゃうよね……)

 碧の両肩に手を添え、できるだけくっつかないようにと波音は身じろいだ。そうしないと、胸の高鳴りを碧に悟られてしまいそうだったからだ。

 曲芸団の一員、しかも団長だからか、肩に触れただけでも鍛え上げられた筋肉が分かる。大和も同じくらい鍛えていたが、なぜか碧には惚れ惚れとしてしまう。
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