フィアンセは恋わずらい中

クロワッサンに願いを込めて

　昨日の売れ残りのバケットに、カマンベールチーズとトマトの輪切りを乗せ、オーブンで焼き上げる。
　その間も、紗夜の頭の中はパンのことでいっぱいだった。

　代官山駅から徒歩７分にある〝BOULANGERIE mon ange（ブーランジェリー　モナンジュ）〟は、幼少期からの彼女の夢が詰まったベーカリー。
　フランス語で私の天使という意味の店名には、この店の商品がお客様に幸せをもたらす天使になるようにという思いを込めてある。

　両親がどんなに一般企業への再就職を勧めてきても折れず、春にようやく形にしたばかりだ。
　そして、早くも口コミやＳＮＳで噂が広まり、連日客が途絶えることがない。

　10月になった今も、まとまった休みは取れず多忙ではあるが、彼女はとても充実した日々に満足している。