愛を呷って嘯いて


「ごめん、肌色ついた」
「おい」
「大丈夫、洗えば落ちるよ」
「おまえ、休日でも化粧してんのか?」
「昼間スーパー行くのにファンデーションだけ塗ったのー」

 やっぱりけたけた笑って顔を上げたら、思ったよりもずっと近くに彼の顔があって、驚いた。鼻先に、お酒の香りの息がかかる。目の前に、彼の薄い唇が見える。その薄い唇に吸い込まれたのは、必然だった。

 彼の唇に、わたしのそれが触れる。薄く開けた目に、彼の無表情が映った。突然、何の脈絡もなくキスをしたのだから、驚くとか拒むとか色々あるだろうに、この無表情。

 それがなんだか可笑しくて、唇を離して「あはは」と笑う。そしたらようやく彼が表情を崩し「下手くそ」と悪態を吐いた。

 今なら。しこたまお酒を飲んだ今なら、何でも言えるような気がした。全部お酒のせいにすればいい。酔っていて憶えていないことにすればいい。

 唇をぺろりと舐めてもう一度笑って「じゃあ上手なキスを教えてよ」と言った。もし断られたら酔いのせいにして、そのまま寝てしまおうと、ずるいことを考えていた、のに。
 意外にも彼は「いいよ」と言って、顔を寄せた。


 もう一度、唇が触れる。でも今度は触れるだけではない。舌が唇を割って、口内に侵入してくる。熱い舌が絡んで、息が漏れた。わたしは彼のシャツを掴んで、目を閉じた。

 そして話は冒頭へ。



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