明治、禁じられた恋の行方
1.居心地の悪いパーティ
音楽にあわせて入り乱れるように男女がダンスを踊っている。
決して若い者ばかりではない。
老婦人、恰幅の良い、顎ひげをたたえた男性も、浮かれたように音楽に乗る。

自分はこの場にふさわしくない。

園池家の長女である千歳(ちとせ)は、ため息を隠さず、壁に近い位置で休んでいた。父の言うままに何人かと踊ったが、もう気を遣うにも限界だ。
役割は果たしただろう。

今の園池家には本来手が出ない高いドレスを着させられ、コルセットをこれでもかと締められている。
ついこの間まで武士の世だったとは思えない程、浮かれ、外国に媚びた姿。
千歳には、この場が全て偽りで出来ているように感じられた。


スッと横に人が立つ気配がする。

「あー、ほんと、だりぃ」

横に立った男を見上げる。身長は180cm以上あるのだろう、首を持ち上げるのが痛い。

黒髪を固めてフォーマルな洋服に身を包む男は、元々の鋭い目を更に細めてこちらを見ている。

「あなたも、無理矢理連れてこられたの」

出来る限り口を動かさず、距離をとって聞く。

「当たり前だろ、誰が進んで来るか。こんな所」

こちらの配慮も虚しく、返事を返した男、久我 麗斗(こがれいと)は、周りに聞こえるのではないかという声で言う。

内心、ハラハラする。

「いつも言ってるけど」
「あんまり、私と話さない方がいいんじゃない」

案の定、背後では私たちを見てコソコソと話す女たちがいる。

「久我家の嫡男様が、没落家の変わり娘と仲良さそうに話してるって?」

は、あほらしい、そう言って息を吐く。

この男、園池家のような没落華族とは比べ物にならない、由緒正しき久我家の跡取り息子、麗斗は、器量も頭も十分にあるのだが、
家に、親に反抗するように、口を開けばこのような乱暴な言葉遣いをする。

本来は、千歳と話すだけでも、遠くで他の華族と交流真っ最中の麗斗の父親の逆鱗に触れるだろう。

知り合うはずの無い二人は、この時代に珍しい、男女共学の学校で出会っていた。

元々外国人の設立した文化学院高等学校は、当初生徒が男性のみだったが、
男女共学に熱心だった創設者の意図を組み、女はたった3人だけが入学を許されていた。

その3人のうちの1人が、千歳だった。

女性教育に密かに熱心だった祖母は創設者に掛け合い、幼い頃から頭脳明晰だった千歳を入学させたのだ。

入学後は好機の目に晒される日々だったが、
どの科目でも上位成績を収める千歳に、麗斗は早くから興味を持っていた。

今は家の事情で退学してしまったが、

どんな言葉を投げかけられても実力で黙らせる、時代錯誤で、男勝りな内面。

それに反して、小柄で美しく、気の強い瞳。

自分の周りに、この女以上に惹きつけられる異性を見たことが無い。

決して口には出さない。出せないが、何人かとダンスをしているだけでもザワザワと胸が波立つ。
年齢的にも、いつ結婚してもおかしくない。

いつか誰かのものになる。
でも、それは絶対に自分ではない。

その苦しい事実が、麗斗をいつも天邪鬼にしていた。


「で、今回、お前の親父は何企んでんの。」

「あなたと、同じよ。」

あぁ、と麗斗はその言葉で納得したようだった。

「大変だな。学校では苦労しなかったお前が。」

冷たくあしらってもいつもめげずに絡んでくる。
そろそろ本当に離れた方がいい。

その時、
「千歳」
来なさい、そう呼ばれて顔が歪んだ。
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