さようなら、初めまして。
・プロローグ
……ガッ。あ、え゙?!
足を取られた。進もうとする体に足がパタッとついて来なくなった。
は、あ…………う、そ。…………も゙う。…はぁぁぁ。
…みすみす罠にかかるなんて。…自分からだ。…なんて、ね…。
はぁ、やっちゃった…。
いい事なんて…全然無い。本当、いい事なんて…。
はぁ、ちょっと…もう…これショックなんですけど…。

つんのめるように止まった体を捩って、ソコを見た。見なくても解っていた。
ま、あ、こうなってるでしょ、そうなんだけどね。
嵌まっていた。側溝の蓋?っていうの?格子状のこれにだ。ヒールが根元まで…ズボッと。見事にだ。
このヒール…買ってから履いたのって、今日でまだ二回目よ?色はちょっと…希望の物ではなかったけど。それでも、眺めて、履いて試して、気に入ってたのに。…ちょっと…もう。はぁ。溜め息しか出ないよ、本当に…。

……ん゛…。見てたって抜ける訳じゃないし…元に戻る訳もない。はぁ…早く何とかしなくちゃ。…人の目も気になるし…。
…恥ずかしい。取り敢えずだ。
…ヨッ。…ヨッ。ん――。ん゛―――――。片方の足で踏ん張り、嵌まった足を引いてみた。
…カポッ。あ………ふぅ。もう…こうなるよね…。フ…フフ。…もう。………虚しい。
抜けたのは靴の中の足、踵だけじゃない…。中でカポカポ浮いただけだよ。…何してるんだか。はぁ。機嫌の悪い顔やら薄笑いを浮かべたりと、きっと百面相してるに違いない。……やるしかないのよ。
んー、んー。…抜けない。もう…、どんだけジャストサイズなのよ゙ー…。
入った瞬間、体重が乗っちゃってたのよね…。

折角、デザインに一目惚れして…。浮かれて歩いてた訳じゃないのに…。この蓋…迂闊だった。なんていうのこの、格子状の側溝の蓋…。
もう完全にヒールの後ろ側は削がれていた。このままじゃ埒があかない。人の目も益々感じるし。

………もう…仕方ない…。ヒールから足を抜いた。
しゃがみ込み両手で靴を掴んだ。引っぱった。
ここまでして、抜けないなんて事は、ない、わ、よ、ねーー。んー。ん゛ーー。あっ。痛。ゴリ。
え、嫌な音…。
………もう。ちょっと…どうしてこうなるかな…。
耐えられなかったんだ。履いていた方の足を捻ってしまった。腰をついてしまった。高さのバランスに無理がある態勢だったけど。…両足裸足になるのも、…そこまではね。…そのせいだ。横に傾きながら強く踏ん張ったものだから、足首がぐにゃっと…腰もついた、そして…折れた…。折れたと言うか、今度は無事だった方のヒールが見事に取れた。

はあぁあー。こっちはヒールのないペタンコシューズになってしまった…。
…もう、どっちも、どうにもならない。蓋から抜けたって革を張り直さなきゃいけないし。こっちはくっつけなきゃいけない。修理代は元よりきっと高くなってしまう。…はぁ…溜め息しか出ない。もう…こうなったらやけくそよ!
傷の被害が拡大する事も気にせず、挟まっているヒールを掴み左右に振った。これでもかって、振って振って振り続けた。
あっ、抜けた!……抜けたけど。…思っていた通り。バナナの皮を剥いたように綺麗に剥げ、蛇腹のように上に押し上げられていた。
更に小さい傷も足された…。

はぁ…最悪。これで…どうやって帰ろうかな…。
ヒールの取れた左足、革が捲れて傷ついた右足。履けないし……こうなったからには、この靴も、もう諦めなさい、……捨てなさいって…。

取れたヒールを履き口に入れ、役に立たなくなったヒールを手に立ち上がった。
前に来ていた斜めがけのショルダーバッグを後ろに戻し、汚れも確認せず、適当に軽くスカートの腰を叩き、掃った。……裸足で歩くしかないよね。

「あー、グレーチングに嵌まったのか…」

…おわっ…びっくりしたぁ…。
どこから現れたの?
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