さようなら、初めまして。
「ドジだな。足、大丈夫か?」

…。

「え?…無視かよ…」

…確かにドジと言われればドジですよ。嵌まって当然、そんな靴履いてんだから、足元よく見て歩けば済むことだろ、ってね。そうですよね。
誰だか知らないけど…話し掛けないで。親切に声を掛けられても、結局、どうにもならないねって、笑って言葉を交わして、じゃあって…立ち去って終わりでしょ?私はそれからも恥を晒すのよ…。困ってるの、解りますよね?ほら、周りの人達みたいに、貴方も奇妙なモノを見るような目で見るだけ見て、黙って通り過ぎてよ…。これ以上の注目は浴びたくないの。早く。どこかに行って。歩く先々でどんなに好奇な目を向けられても、俯いて歩けば何とか堪えられると思うし。いいから一人にして。

「ほら」

…えっ。な、に?

「あんまり時間ないけど、行けるとこまで行くから。タダだし。乗れよ」

あ。ちょっと?いきなりこんな…私達、初対面…ですよ、ね?

「何…」

何言ってるの?いや、何してるのです?
前に回り込んだ男は、背を向けしゃがみ込み片膝をついていた。両腕を背中に回してスタンバった。

「何って、救世主でしょ、さあ」

手を動かして促された。あ…え、背中に乗れって事です?

「ほら早く。時間がない。ほら」

ほらって、時間がないって…そんな、催促されても…。それ、そっちの都合でしょ…?頼んでないですから。

「…結構です。大丈夫ですから」

ペタペタと裸足で横を通り過ぎた。
……歩くの戸惑ってたのに、お陰で歩き始められてしまったじゃない。……でも…痛、い。

「あ、ぉおい!ちょっと待てって」

…待てと言われても。…痛いな…。

「また無視か?止まれよ、痛いだろそれじゃあ」

ついて来ないでください、放っておいてください。
…痛。いったーい…痛いですよ?嘗めてましたよ?こうして歩いてみたら、思っていたよりずっと痛かったって解ったところですけど?でも仕方ないじゃないですか。自業自得なんですから。

「ほら…裸足じゃ痛いだろって言ってるのに。怪我するぞ…はぁ解った、アレだ。…俺にも辱めの刑?わざと無視して、この体勢を公開処刑したってヤツだ」

…はぁ?……もう…。しつこいですから。ご親切は有り難いと思ってます。思ってますけど。
止まった。振り返った。

「お゙」

…わっ。こんなに近いと思わなかった。当たりそうになった。

「ち、が、い、ま、す、そんなつもりは…」

毛頭無い!

「あ、じゃあ、何?」

男の胸辺りを見て話した。

「あ、な、何って…恥ずかしい…から」

決まってるじゃない。そう、恥ずかしいからよ。思い切った親切は有り難いのだけど、これって…背中に乗るのは…。
ずっと裸足で歩くのも恥ずかしいけど、酔ってる訳でもなく、意識があるおんぶは恥ずかしい…。見ず知らずの人だし、知ってる人だって中々…恥ずかしいでしょ、これって。

「おんぶがか?もう充分恥ずかしかっただろ?今だってどこまでか知らないけど、このままだとずっと痛いし、痛いからもたもた歩くし、まだ恥ずかしい思いをする、だろ?
いいから乗れって。早く。時間がなくなる。二人で恥ずかしい方が耐えられるって。早く」

…ううー。

「ほら。ほ、ら。遠慮するなよ、ほら」

また前に来て膝をついた。…でも。…。

「あ゙ー、もう…ゴチャゴチャ理屈ばっかり言ってないで…乗ればいいんだって」

あ、立ち上がった。へ?あ、わっ。両腕を掴まれ捻るように肩に引き上げられた。え?わっ。わ。体が…浮いた。足をバタつかせた。投げられちゃいそうだ。
え、ちょっと?…やっ、背中で足を広げられ、腕で抱えられた。あ゙っ。これ!この格好が恥ずかしいの!だから止めて~!

「ちょ、や、止め、て…下ろし…」

「ん?いいか?行くぞ?」

「違っ、あっ!嫌…下ろしてください!……下ろして、恥ずかしいから…」

足をモゾモゾ動かした。…周りがもっと好奇の目になってるから…。
抵抗する声だって小さくなっちゃう…。

「お、ちょ、危ない。変に暴れるなって。騒ぐな。騒ぐと余計目立つ。変態かと思われるだろ、真っ直ぐ?」

脚をグッと押さえられた。

「え゙。ぇえっ?」

嫌だって言ってるでしょ……変態、て、言ってしまってるじゃない。

「まあいい。取り敢えず、真っ直ぐな。行くぞ?」

あっ。駆け出した。あ、あ、あ、あ、あーーー。い゙ーー…。

「い、い、や、止まって…。止まってーー!」

速い…。高い…恐いー。

「ん?ハハ。落としはしない、大丈夫だ。しっかり、掴まってろよ?キャーッて言わないだけマシか、ハハハッ」

い、言われなくても、つ、掴まるわよ。
言わないんじゃなくて…キャーッて悲鳴を上げる間がないからでしょ?
ヒールを持った手は自然と男の首に巻き付いた。こうなったらこっちだって必死だ。

「ハハ、そうだ。
恥ずかしかったら背中に顔くっつけとけよ」

願っても止まりはしない。ドンドン景色が流れて足を突っ込んだ場所から離れて行く。男の背中で体が弾みバッグも一緒に弾んだ。

「ごめーん」

「ええ?」

な、何が?今更何よー…。

「背中、汗、嫌だろ?」

汗?…あ、言われてみれば、確かに。男の背中は汗をかいた後だろうか。仕事で?嫌な匂いはしていなかったけど、確かに少し湿っている感じだった。それに、見る見る首筋に汗が。このまま走ると大変だ。

「そんな事は、ないです。あ、あの、重いし。もう、ここで。ここで、大丈夫」

声も弾む。大分離れた。さっきの通り程の人通りもなくなっていた。

「ん?もう、近いのか?」

そうではないけど。…あっ、タイミング…汗が嫌で降りるって言ったと思われたかも。

「違っ。あ、違わない。あ、違うんです」

「んん?どっちなんだ?どうするんだ?」

「え、はい、大丈夫なんです。だからもう、下ろして…」

ください…。駆けていた足が止まった。

「はぁ。うん。よし…いいか?」

男がしゃがんだ。足を着けたら抱えられていた腕が緩んだ。首から腕を離した。……はぁぁ。

「はい、あの、……ごめんなさい…有り難うございました」

一応お礼は言わなくちゃ。さりげなくスカートを直した。

「はぁ。いいのか?もう。まあ、ここ迄来ればマシか…」

「…はい。あの…」

「ん?」

……ぁ、この、ん。

「あ。えっと、初め、無視してごめんなさい…あの」

ヒールと格闘していた私を見た人はここにはもう居ないと思う。

「ん。まあ、そうだよな…。嫌は嫌だったよな」

「え?」

…おんぶ。あ!汗?それは誤解…。嫌じゃなかったんだけど。…どうしよう…結局、これじゃあ感じ悪いままに…。

「ん?じゃあ、足、気をつけてな」

急いでいるのか急に来た方に駆け出した。…あ、確か…時間が無いって言ってた。

「ぇえっ?あ、は、い」

「あー、そうだ…これ」

止まった。何か呟いて振り向くと、ポケットから出したモノをこっちに投げた。え?

「キャッチしてー」

それは、ゆっくり、高く、放物線を描いて飛んで来た。

「え、え、あっ」

え?ボール…?ちょっと待って!先に言って。白い塊が飛んできた。慌ててヒールを落とし両手をくっつけた。わっ。わ。手の上で弾んだ。柔らかい。必死で両手で包み込むようにキャッチした。

「ジ~ン!あ、居た居た。お~い、休憩終わるぞ~行くぞ~」

「はい~。それー、丸めてあるけど、さっき買った真っ新の新品だ。大丈夫、綺麗だ。ハハハ、大きいけど使えるだろ。俺、バイトの途中だからー」

あ。…これ。視線を声の方に戻すと、足を交互に上げながら、履いて引き上げる真似をしていた。

「じゃあな~」

あ。…靴下…。ボールのように丸まった、これは靴下だ。これを履いて歩けって事だ。あ。

「有り難う…。有り難うございま~す!」

聞こえたかな。
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