結婚願望のない男
3章 結婚願望のない人が女性に優しくしてはいけません

(何が…いけなかったんだろう)

私は家に帰ってからゆっくりとぬるいお風呂に浸かっていた。
半身浴は私の趣味の一つで、休日はよく携帯電話を持ち込んで音楽を聴きながら20~30分ほど浸かっている。けれど今日に限っては、ぼーっとしていてお風呂から出るタイミングを逸しただけ、と言ったほうが正しいかもしれない。
今日は色々なことがありすぎた。


午後に駅前で待ち合わせして、私服の山神さんは相変わらず格好良いなぁなんて思って、二人でゆったりと電車に乗って彼の実家にお邪魔して、彼のお母さんの前で彼女のふりをして。彼のお母さんは優しくて素敵な人で、お母さんにとって山神さんは可愛くて優しい自慢の息子で、高校生まではコーヒー牛乳を飲んでいて、チーズハンバーグが好きで…。山神さんって意外と可愛いところがあるんだな、なんて思いながらおいしいごはんを食べて…。
ここまでは本当に楽しかった。私が本当に山神さんの彼女だったらいいのにと思うぐらいに。
けど…。
今思えば食事の前に、私が調子に乗って結婚の話をしたあたりから山神さんは不機嫌になっていた。そして最後には…
『結婚願望はない』『彼女もいらない』『もう二度と会うこともない』…と、言われてしまった。


彼に言われた言葉を頭の中で反芻すると、あまりにも悲しくなってきた。
私は彼の実家で、自分でも気づかないうちに結構な粗相をしてしまったのだろうか?
いやそもそも、怪我のせいで二週間も不便な生活を強いられたのだから、恨みこそすれ、私を異性として意識するなんてありえなかったのかも。
それでも…いきなり愛の告白をしたわけじゃなくて、『友達になりたい』と言っただけなのに、ここまで突き放すなんてちょっとひどすぎない?


格好良くて優しい山神さん。
私は少し…ほんの少し、彼に恋心を抱いてしまったというのに。淡い恋心は、粉々に砕け散った。


さすがにのぼせそうになってきたので、私は重い体を引きずるようにしてお風呂を出た。髪を乾かしながら携帯電話を手に取ると、ちょうどメッセージアプリの通知が届いた。


『緊急連絡!緊急連絡!至急、来週水曜アフター5の予定を返信されたし』
(……)

こんなふざけたメッセージを送ってくるのは間違いなく石田先輩だ。

『水曜アフター5は空いております。して、何用でしょうか?』
私も少々ふざけて返信する。石田先輩からの返事はすぐに来た。

『良きかな、良きかな!では、水曜19時30分より例の宴を開催させていただく』

(例の宴?)
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