裏切り者の君へ

來夢と雪也


 夜風に乗って舞い落ちてくる白いものを來夢はそっと手で掴んだ。

 花びらだった。

 昔叔母が來夢に言った言葉を思い出した。

『もしかすると來夢ちゃんの能力はあの子を探すために……』

 将樹を心から愛し始めたとき、來夢の能力は自然と消えていった。

 もう雪也が必要ないとでもいうように。

 世界で來夢に1番近い存在の雪也は、來夢と同じ能力を持っていたのかも知れない。

 來夢の手を跳ね除けるという力を。

 誘われるように風が吹いてくる方へと歩いていくと、1本の桜の木があった。

 他の桜の木々は全て散ってしまっているのに、その木だけは満開だった。

 來夢が木の下にくると強い風が吹いた。

 いっせいに花びらが散る。

 自分を埋め尽くすように舞い落ちる花びらは、來夢には雪に見えた。

 温かい雪だった。

「雪也」

 來夢は風ごと雪を搔き抱いた。

「雪也」

 來夢はこのとき知った。

『一緒に死のう』

 何度も雪也が囁いたその言葉は、本当であって嘘だったのだと。

「わたしは雪也とだったら一緒に地獄に生きてもよかったのに、雪也と一緒だったら本当に死んでもよかったのに」

 その時來夢の手が熱く疼いた。




 明け方になって玄関で物音がした。

 しばらくすると寝室の扉が開く音がする。

「将樹」

 ベッドの端に腰掛けた将樹は背中で來夢の声を聞いた。

「どこまでが本当の話?」

 将樹は答えなかった。

「雪也は将樹が殺したのでもなければ、事故でもないよね」

「事故だったよ、いや俺が殺した」

 将樹は沈黙する。

 やがて低い声で呟いた。


< 102 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop