大江戸シンデレラ

◇忍苦の場◇


舞ひ(まい)つるの「美鶴」としての新しい暮らしが始まった。

如何(いか)なる経緯(いきさつ)なのかは未だ知らぬが、連れてこられた先は「島村(しまむら)」と名乗る御公儀の役人の御家であった。

五十坪ほどの家屋敷の中で、美鶴に(ゆる)された部屋は、(北西)の一番端だ。

朝はさっぱり陽が差さず、夕刻近くになってようやく西陽が届く、じめじめした場所にある。

さらに、敷地内にはさほど広くはないが中庭がしつらえてあるため、気晴らしに見てみようと思うにも、この部屋からでは端しか見えない。

所在なげに部屋から縁側に出た美鶴は、かろうじて見える庭の端を眺め、ほうっと深いため息を吐いた。

此処(ここ)へは女中のおさと(・・・)以外の者が来ることはなかった。

一応、美鶴のことを任されたといえども「御付きの者」というわけではなく、おさとにはほかにも細々(こまごま)とした仕事があるようだった。

ゆえに、「話し相手」になるような気配は、いっさいない。

だれとも話さずに日がな一日を過ごすことが、こないにも寂しくて(わび)しいことだなんて、知らなかった。

吉原では、(くるわ)(おんな)たちのだれかと絶えず話をしていたものだった。
(かしま)しかった禿(かむろ)の羽おり・羽おとの口喧嘩すら、妙に懐かしい。

身一つで参ったがゆえ、なにも持っていない。
なにをすればよいのかも、皆目わからない。


——かようなことが、これより先ずっと続くなんしかえ。

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