オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない



***


 三月某日、この日は四年間学んだ大学の卒業式だった。
 午前の式典の後、世話になったゼミの担当教授に挨拶を済ませ、俺はゼミ仲間らと正門に向かっていた。
「それじゃ明彦、俺らこれから卒業コンパだから」
 すると横から、唐突にこんな言葉が降ってきた。
「卒業コンパ?」
「ああ、帝都女子大と合同でやるんだよ。悪いがおまえの席はない」
「ま、おまえは黙っててもモテるんだから羨ましいよなー」
「……そうか、俺は別段興味もない。楽しんできてくれ」
 答えた瞬間、ゼミ仲間の二人は何故か、ガックリと肩を落とした。
「俺なんてもう一年以上彼女いないっつーのに! それにしたって羨ましい話だぜ」
「まぁまぁ。明彦相手じゃ、俺らなんて端から勝負になんねーよ」
「はぁ、せいぜい俺らの恋の成就を高みから祈っててくれや、ほんじゃ~な!」
 言いたい事だけ捲し立てれば、ゼミ仲間は俺をその場に残し、鼻息荒く駆けて行った。
 とはいえ、この手の台詞は既に耳にタコが出来るほど聞かされているし、同様の理由で友人らに取り残される事もしばしば。
 だから今更、なんら珍しい事もない……。ないのだが、この日は別れ際の友人が告げた一言が気になった。
 ……一年以上、彼女がいない?
「俺などかれこれ二十二年、彼女の一人もいた事などないのだが……」
 卒業証書を小脇に抱えて呟く。
 ゼミ仲間が聞けば度肝を抜くであろう台詞はしかし、今は聞く者なく宙に溶ける。
 けれど、そもそも彼女というのは、そんなにも切望する存在なのだろうか?
 しばし逡巡をしてみるも、彼女という存在の利点は、欠片も浮かんでこない。どころか、脳内にはぞくぞくと弊害ばかりが列挙され、うず高く積み上がる。
 ……やはり、俺の人生に女はいらん。
 改めて再認識した俺は一人、四年間学んだ日本の最高学府、その学舎を後にした。そんな俺に、四方から羨望や憧憬、下心等々あらゆる感情の篭る眼差しが注ぐ。
「あ、あの! 大狼さん、おひとりですか!? もしよかったら、この後私と――」
「ちょっとぉ~! 抜け駆けしないでっ! 大狼さん――」
 ……さて、小腹が減ったがどうするか?
 さくさくと、学舎を背に進む。
「え! やだっ!? お兄さん超イケメンなんだけど! ねーねー、暇なら私と――」
「おっ! 君、カックイイねぇ! 芸能界とか興味ない? 俺ね、芸能プロダクションの――」
 途中、幾人かが俺に声を掛けてきたような気もしたが、この後の飯に頭を悩ませていた俺の視界には入らなかった。


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