剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
プロローグ
 灰色の雲ひとつなく、夜空には綺麗な満月が輝いていた。セシリアは部屋の窓を開け、窓際にそっと鞘を抜いた短剣を置く。磨かれた刃は鏡ごとく、空を映し出す。

 剣の角度を微妙に変えて、刃の部分で月を捉えた。それを見て、セシリアはおもむろに瞳を閉じる。

 どうか皆、無事でありますように。

 細くて艶やかな金の髪が外からの風によってゆるやかになびく。目を開けて剣を見れば、捕まえていた月がいない。

 ぱっと空に視線を移せば、先ほどまで、まったくなかった薄雲が月を隠そうとしていた。

 月の光が弱まり、輪郭がぼやけていく。にわかに息遣いを弱めるのと同時に心臓が不規則に打ち出した。

 この胸騒ぎはなんなのか。意味も根拠もない。きっとそうだ。自分に言い聞かせ、セシリアが胸元の夜着の布をぎゅっと握った。

 しかし彼女はこの後、本当に意味も根拠もないのは、ただ遠くで願うだけの自分のこの行為だったのだと、嫌というほど思い知ることになるのだった。
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