オフィスの野獣
傷つけないで

 あのことがあったからと言って、二人の間に何か変化があったということはない。
 彼の部屋で彼に看病された夜以降、会社で彼と顔を合わせても特に関わることはなかった。お互いに。



 それがお互いの今までの日常だった。
 熱が下がれば、いつもの日常に戻らなければ。彼の狡さも優しさも、早く忘れなければ。

 二度と同じような過ちを起こしてしまわないように。



 今日も彼は仕事よりたくさんの人に囲まれていて、その日陰で私は黙々と作業を続けている。これが本来ある日常の風景。
 誰にも干渉されないこの時間が、嫌いじゃない。何の違和感もない。傷つきたくはないから……。




「藤下さん」


 また、前野君がお昼の時間になると声かけてきた。

 適当に返事をして、二人で食堂のある階に並んで向かった。


 まさか彼に誘われて断るのに戸惑う姿を、西城斎が見ているなんて思わなくて。
 他の人達に囲まれる中でこちらを窺う彼と不意に目が合うと思わなくて、逃げるように前野君の後ろをついていった。

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