オフィスの野獣

 前野君と二人で食堂までやって来た。
 西城斎との一件がひとまず終わったと思ったら、今度は前野君からお誘いが絶えなくなった。
 こうして度々ご飯に誘ってくるから、私からその都度断っていたけど、結局彼の熱意に私が折れてしまったわけだ。いつもご飯に誘ってくれる同僚がいたけど、彼に遠慮して声をかけてくれなくなってしまったし。

「やっと藤下さんと二人でお話できて嬉しいよ。あんまり男と話さないし、気になってたんだよね」

「ここ社内の食堂ですけど」

「細かいことはいいじゃん」

 別に彼と二人で楽しくお話しする気など毛頭なかったので、お昼時に社員で賑わう食堂というこの状況を、一人盛り上がっている前野君にそれとなく指摘しておいた。あんまり意味はなかったみたいだけど。


「藤下さんは、休みの日何してるの?」

「寝てます」

 日替わりで頼んだ照り焼きをガン見しながら答えた。大きめの鶏に少しだけ気分がよくなる。


「じゃあ、今度の休みに二人で出かけない? 映画とかどう?」

「嫌です」

「即答……」


 二度目のこのやり取りに、前野君もさすがに心が挫けたかもしれない。前野君のメンタルの強度など知らないけど。向こうが頼んだカレーになど目を向けず、その横のテーブルに頭を打ちつけている。

 照り焼きの二切れ目に手をつけながら、西城斎の言葉をふと思い出す。
 怖がる前に、もう少し男の人を知るべきじゃないかと、あの夜に彼はそう背中を押した。

 私も、前野君に失礼なことをしているかもしれない。無条件に彼らを拒むほど、男性経験もない。
 仕事で男性と関わる分には、仕方ないことだと思っている。そこは自分でも割り切っている。

 しかし私生活で言えば……傷はまだ癒えていない。
 不意に思い出しただけのあいつの言葉に振り回されるなんて、せっかくの照り焼きの味が台無しになる。

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