異国の王子の花嫁選び

8、王都入城

森を抜けると田畑が広がり、その先に王都を囲む城壁、城門をぬけると、人の生活を感じさせる店が両脇に連なった広いメイン通りとなり、街道と同様にうねりながら穏やかな坂道を上る。
坂道の頂きにもうひとつ城門があり、奥には白く美しい城、さらに背後には、雪を冠に岩肌の切り立つ岸壁がそびえ立つ。
前面に深い森、背面を岩山に守られた自然の要塞であった。


先頭は、槍にベルゼラの赤い龍の刺繍の旗をはためかせた、騎士のノキア。
彼は若いアズールの騎士たちのなかでも、一番の年長の槍に秀でたものである。
旗は、何かあれば、邪魔者を凪ぎはらう槍になる。

王子はノキアの後ろ、側近のラリマーはその横、さらに9名が夕闇の中、かがり火が照らすメイン通りを進む。

揃いの銀の鎖帷子に、長剣を腰に提げ、軽いが強い素材の上半身を守る盾を左肩に装備している。
背には緋色のマント。
デクロアの芦毛や白馬が多いのと比べ、馬からして、戦仕様の鍛え上げられた、強い黒馬に体を預けている。

力強い蹄の音を響かせる、黒光りする軍馬に乗るベルゼラの王子とその騎士の一行は、同時に歴戦連勝の戦士たちでもあった。


かがり火が、城門まで続いていく。
ゆらぐ明かりに褐色の肌、黒髪を後で束ねた異国の戦士たちが、多くのデクロア国民に迎えられる。
さすがに、時刻も遅く、直接統治していないために大歓迎とは言えないが、強国ベルゼラの王子一行を一目見ようと多くの者がメイン通りに出たり、二階の窓から身を乗り出していた。
ベルゼラの旗を振る者も多い。

「アズール王子!こっち向いて~!」
「ベルゼラの騎士さま!素敵」
まさかの娘の黄色い声がかかる。
彼らはどこの国でも、女たちには歓迎されている。

ラリマーは横のアズール王子の口数が少なくなり、物思いに沈んでいることに気がついていた。
結婚相手と顔を合わせる時が刻刻と近づいているからかと思ったが、普段のアズール王子ならば、誰でも良いのならば、さっと総合判断で一人を選んで、翌日にでも帰路につきそうであった。
ラリマーはこのデクロアの花嫁選びには、行き2日、泊1~2日、帰路に2日の5日と踏んでいる。

さらに、アズール王子が、王都に入ってからは沿道に溢れる人を広く、さりげなく見ているのに気がついていた。
デクロアにアズール王子の知り合いがいるとも思えなかった。

「誰かお探しですか?」
ラリマーは気になり声をかける。
「いや、、」
とアズールは気のない返事をしつつ、それでも沿道の人や窓の人たちにさらっと目をやっている。

ラリマーは街道でアズールと合流してから、アズールがいつもと違うことに気がついていた。
「で、森の中でいったい何かあったのですか?いつ話してもらえるのですか?」

城門が見える。
かがり火が一段と多く炊かれていた。
城門には、青い正装の騎士を引き連れた、青のマントを羽織るデクロアの王と、王妃が彼らを待っていた。
アズールの選ぶ三人の美姫たちも出迎えの列にいるのかもしれなかった。

「、、、娘に会った」
「は?」

王と王妃の横には遠目からも美しさを感じさせる娘が二人いるのがわかる。

「森で若い娘に会ったんだ。わたしは、もう一度彼女に会いたい」
アズールは視線をまっすぐ、デクロアのロイヤルファミリーに向ける。
「ラリマー、良い案を考えてくれ!」

もう、表情がわかるぐらい城門に近づいている。
良い案とはどういうことかわからなかった。
「もう一度会うだけで良いのですか?まさか、一目ボレでもされたのですか!」
「いや、それはないと思うが、キスはした」
「なんと!」
ラリマーは絶句した。
こんな直前に、さらっと恋愛相談されても直ぐには返事ができなかった。
「森で会ったその娘を連れて帰りたいのですか?」
王子は軽く首を振る。
「それはないと思う。ただ、もう一度会えないでデクロアを去ることはできない」
それを聞き、ラリマーは5日の予定が伸びるかもしれないと覚悟した。

ラリマーはそれから一晩中、森の中で出逢った娘と再会できる案を考えることになる。


先頭のノキアは経てて持っていた旗をくるっと回して、柄をドンと石畳に叩きつける。

「我らはベルゼラ国第二王子アズールとその騎士である。20年前に取り交わされた約定の、デクロアの娘をもらい受けにきた!」
青いマントの王は頭を低く前に進み出る。

「お待ちしておりました。諸国にその名をとどろかす、勇猛なアズール王子を迎えるいれることは、大変な誉れです。
長旅でお疲れでしょう。今夜は遅い時間ですので、お部屋でおやすみください。
明日にでもデクロアをご案内、歓迎の宴をいたしましょう」

アズールが馬を降りると、騎士たちも一斉に降り立つ。
一糸乱れぬ鮮やかな下馬だった。

彼らは、王宮の一角に案内される。

翌朝、王都中で女たちは、昨晩訪れた褐色の肌のベルゼラの戦士たちの話題で、大いに沸いたのであった。
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