世継ぎで舞姫の君に恋をする

4、新年の祭り

今年の祭りに饗されたものは例年になく豪勢だった。
ユーディアやその悪がきたち、西の子供たちだけでなく、大人たちも目を丸くして、普段は口に入らない異国のフルーツや、酒樽を見る。

「ベルゼラからの預かりの子の親から差し入れだ」

ゼオン族長は、ベルゼラの王子とは言わない。それは秘密であった。
ジプサムは、 奥の真ん中のゼオンの横に呼ばれる。
もう一人のジダン族長も、ジプサムの顔を覗き込む。
よろしくな、と笑いかける西の勇猛果敢なモルガンの族長の顔には、頬に斜めに走る傷跡があり、笑うと傷が不気味に歪む。


地べたに手の込んだ絨毯に大きなクッションの、全体を見回せる快適な特等席にジプサムは座る。
大人たちは、ベルゼラの預かりの子を見た。
ベルゼラと関係してはあまりよい報告などはなかったが、これほど気前のよい親を持つ小さな客人は大歓迎であった。


既に祭りの宴は始まっていた。
馬乳酒が振る舞われ、料理もどんどん運ばれては空になっていく。
二人の族長の顔も真っ赤になっていく。
顔に傷のある西のジダンに、ジプサムはいくつかと訊かれ、11と言うと、馬乳酒をなみなみと勧められた。

ジプサムが断る。
お酒はベルゼラでは大人の飲み物だった。

「ここでは子供の頃から飲むから大丈夫だ!郷に入っては郷に従え、だ!」

と竹の器を押し付けられる。
初めて飲む馬乳酒はしゅわしゅわとして酸っぱくて、おいしかった。
「そんなにすすめるな、ジダン」
とあきれてゼオンが諭す。

彼は父親のようにジプサムに気を配ってくれる。
実際の父親以上に自分に関心を向けてくれているかもしれないと、ジプサムは思う。
このまま、彼の子供になってもいいかなと、想像する。
そうすれば、ユーディアと兄弟になるのか?

天幕に人が少なくなったと気がついた時には、女たちはいなくなっていた。
残った男たちはどこから持ち出したのか、それぞれ楽器を手にしていた。

ジプサムの友だちの、カカ、ライード、シャビ、トーレスも、他の子供たちと同様に、竹で作った笛や、動物の皮を張った太鼓を持って神妙に座っている。
大人たちも、大きな絃楽器やいくつも繋げた太鼓のセットなどを構えた者もいる。

ジプサムは、ユーディアを探す。
子供たちの中の、どこに座っているのか?
どんな楽器を演奏するのだろう?

探しきれない内に、一人の着飾ったベールの女が前に進みでる。
新年のお祝いの口上が述べられる。
そして、たんたんたんと素足で地面を叩く。

それを合図に、男たちの音楽が始まった。
女は初めは一人で舞っていた。
ジプサムには踊りはわからなかったが、美しい舞だと思った。
彼女はゼオンの一番上の娘だという。
そこに、男の踊り手が現れる。
西のモルガン族の男だ。
二人は挑戦的に視線を絡ませた。

女の踊りは東が盛んで、男の踊りは西が盛んである。
ゼオンが少し解説をしてくれる。
そういう心配りがジプサムはうれしい。

「今年は合同だから、両方が見られるとは!なんと素晴らしい」
との囁きがもれる。

今年は特別のようだった。
弾むような筋肉を惜しげもなく晒して、西の踊り手の男は、東の娘と踊る。
見るもののため息を、何度も誘う。

そして、女たちは一斉に雪崩込む。
急に場が華やかになる。音楽も勢い付いて、激しくなる。

子供たちも混ざっていた。
ジプサムの知っている顔もちらほら。

中でも、キラキラした目の女の子が、ジプサムの目を引いた。
目をひいたのは、上手下手はわからないが、特別楽しそうに踊るのだ。


「ジプサム!」
彼女は言って、ジプサムは踊りの輪に率いれようとする。
ジプサムはビックリした。慌てて、手を引いて、引き込まれまいとした。
「あんたは、楽器で盛り上げないのなら踊りましょうよ!こんなの適当でいいんだから!」

青みがかった黒い目の女の子。
誰かに似ていると思ったが、ジプサムにはわからない。
モルガンの村で会っていたのかも。
だが、女の子に興味がないジプサムには、どこで出会っていたかも思い出せない。
だが、その子は彼のことを知っているようだった。

イタズラ気なきらめくその目に、ジプサムは断りきれず、適当に踊り出す。

女の子は、ふわふわのウエーブの髪を押さえるビーズの額飾りをしていた。
その子の踊りも、わからないなりにどこか適当な気がした。
なら、自分も適当で良いという気持ちになる。

「ジプサムずるいぞ!俺も入る!!」

おとなしく座っていた子供たちも、楽しそうに踊るジプサムと女の子を見て、手にした笛や太鼓を放り投げて、踊りに加わった。

その夜は最後は無礼講で、子供たちの笑い声が音楽や拍手や大人たちの歓声にまざって、楽しい夜であった。

ジプサムはその新年の祭りの楽しさに味をしめて、それから数年続けて、祭りに合わせてモルガン族に息抜きにくる。
気になる娘は、来る度に、ジプサムを誘う。
彼女の名前はディアだった。
そう呼ばれていたからだ。
ジプサムの踊りに対する目も肥えていく。
ディアは年々、踊りがうまくなっているようだった。
まだまだ適当にごまかすところもあったのだけれど。


ジプサムは草原に生きる人たちの営みが好きであった。
自分たちに必要なものを必要なだけ、自分たちで手間をかける。
人と人が繋り、助け合い、補いあいながら生きていた。
だが、小さく収まっているのではなくて、草原を馬でかけて、一族全体が数年に一度大移動をする。

彼らは自分の土地の概念がなかった。
この草原が続く限り、彼らの世界だったからだ。
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