私たちの六年目
ただ触れ合っているだけの唇。


どれくらい重なっていたのか。


その時間の感覚は、全くわからない。


ただ、わかるのは。


唇が離れた今も、彼の顔が至近距離にあるということだけ。


「目くらい、閉じてくれませんか……」


まだ唇が触れ合いそうな距離で崎田君が言った。


「あぁ、そうか。

菜穂さん、初めてだもんね。

キスの仕方も知らないか」


嘲笑う彼に、フッと鼻から息を吐いた。


「悪いけど……」


床に落ちたコンビニの袋を拾い上げると、私はゆっくりと歩いてパイプ椅子に静かに腰を下ろした。


「キスは、崎田君が初めてじゃない……」


そう言ったら、崎田君の可愛い顔がくしゃっと歪んだ。


「誰とも付き合った事がないのに?」


崎田君の問いに、こくんと頷いた。


「もしかして……。

今の僕がしたみたいに、一方的にされたんですか?」


「ううん、同意の上だったよ……」


そう答えると、崎田君は深いため息をついた。


「菜穂さんって、やっぱり思っていた通り手強い人ですね……。

まぁ僕は、逆に燃えるからいいけど」


聞けば、今日私達の住む地域が梅雨入りしたらしい。


どうりでジメジメとしているわけだ。


ひんやりと氷のように冷たい崎田君の唇。


その感触が、梅雨の湿度と共にしばらく離れてくれなかった。
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