紫陽花のブーケ
6月~雨降って地固まる

「おばちゃん、出掛けてきます」

「あら、大丈夫?」

「ええ、そろそろ運動もしないといけないし」

台所に通じる勝手口から、中にいるだろうおばちゃんーー管理人さんの奥さんに声をかけると、前掛けで手を拭きながら、わざわざ出てきてくれた

戸口から空を見上げると、眉尻を下げて呟く

「…まだちょっと降ってるねえ」

「フフッ、大丈夫ですよ。小やみになってきたし、それに雨も大事な背景なので」

肩から下げたバックをポンポンと叩きながら笑って言うが、奥さんは渋々了承してくれた

「そうかい、しかたないね…
でも人にぶつかったり、階段で転ばないように気を付けるんだよ。雨で滑りやすくなってるからね。それからちょっとでもお腹が張ったら…」

それでも心配そうに眉を下げて、細々と注意をくれる
実際、気遣われていることも分かるので苦笑しながら頷いていると、奥から管理人のおじさんの声がした

「おい、いい加減にしないか。美季ちゃんも子どもじゃないんだから」

「あら、そうね。ごめんね、引きとめちゃって」

「いいえ、じゃ行ってきますね」

はっとしてすまなそうに言う奥さんが何だかかわいく見えて、心の中で微笑みながら、日暮れ前には帰ることを約束した

表玄関に周り、門までのわずかな距離、石畳の上を歩いて門扉に手をかける

周りを山に囲まれ、そこかしこに木や草花の緑が溢れる庭は、一見荒れ果てているようで決して見苦しくない

母屋の縁側から庭のあちこちに向けた小道に石畳が敷かれ、所々で枝分かれしたその先々で、野山を切り取ったような小景が見られる
自然の野性味に溢れ、ちょっとした探検ができそうな雰囲気だ

管理人のおじさんは、実は知る人ぞ知る造園家らしいが、聞いても「俺はただの庭師だ」としか言わないから、詳しいことは分からない

母屋は落ち着いた平屋の日本家屋で、母屋の玄関前に瓦葺の屋根のついた門と続く生垣にぐるりを囲まれている

庭の入口にある車庫と隣り合わせに管理人用の別棟があり、昼間は母屋で私の世話をしてくれる二人は、夜にはそちらへ帰る

ここは夕香里の家の別荘で、学生時分の長期休みに遊びに来たことがあった

今、私は母屋の客間で寝起きし、管理人のご夫婦と穏やかに日々を過ごしている


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