さぁ、このくそったれな世界にさよならを。

目が覚めるとそこは見慣れない薄暗い部屋だった。
曖昧な記憶を必死に辿り、西宮亮介は何故自分がここにいるのかを必死に思い出そうとしていた。
いつも通りの日常だったはずだ。
何かおかしなことはなかったかと思考を巡らすが、おかしなことなど何もなかった。
それなのに、何故自分は見知らぬ部屋で鎖に繋がれているのだろうか。
「あ、起きた?」
急に聞こえた聞き覚えのない若い女の声に亮介は顔を上げる。
どこにでもいる普通の女がにこにこと微笑みながら、自分を見つめていた。
そう、あまりにも普通にその女は笑っていた。
この普通ではない状況で。
その事実に亮介の背筋は凍りつく。
本能的に自分よりも年下であろう女に恐怖を覚えた。
「て、てめえ誰だ!?俺をどうするつもりだ!?」
声が震えた。
恐怖を隠せなかったから。
そんな亮介に女はすっと笑顔を消した。
そして、右手に持っていたそれを亮介に向かって投げつけた。
“それ”は亮介の胸元に当たり、勢いを失いそのまま地面に落ちた。
一瞬、何が投げられたのか理解できなかった。
いや、出来なかったのではない。
理解することを脳が拒否したのだ。
「え………?」
数秒の空白。
亮介の頭がそれを認識した瞬間、彼は絶叫した。
そして、彼を支配していた恐怖は怒りによって塗り替えられる。
「てめえ、ぶっ殺してやる!よくも茉莉を!俺の女を殺しやがったな!」
叫ぶ。
感情のままに叫ぶ亮介を冷めた目で見詰めながら、女は亮介が口にした茉莉という名前の転がる生首を踏みつけた。
その死者を冒涜するあまりに残酷な行いに亮介の怒りはさらに燃え上がる。
手首が擦れ、血が滲むことも厭わずに鎖を引きちぎろうと足掻いた。
無論、人間の力では鎖は千切れない。
そんな亮介の姿に女はにんまりと口角を上げた。
そのあまりに狂気的な笑みに亮介の怒りは鎮火する。
「このおねーさんはねぇ、あんたを呪って死んだよ。」
「は……?」
実に愉しそうに嗤う女の姿に亮介は恐怖とは別の感情が巡った。
見覚えがある気がした。
「だってそうでしょう?おねーさんは無関係なんだもん。ただ、なーんにも知らないであんたと付き合ってただけ。それだけであたしに目をつけられて体と首がお別れしちゃったの。可哀想だよねえ、なーんにも悪くないんだもんねえ。殺される理由なんかないもんねえ。」
「な、何なんだよてめえは……!」
「でもあの子も殺される理由なんかなかったんだよ、お前らなんかに!!!!」
突然、感情を爆発させた少女に亮介はひきつった悲鳴を上げる。
殺された?
お前らに?
“俺”達に?
その言葉に亮介は全てを理解した。
自分に凄まじい殺意を向けるこの女が誰で、何故茉莉が殺されたのかも、何故自分がこのような目に合っているのかも。
全て全て理解してしまった。
「思い出すのが随分と遅いな、屑野郎。」
女の言葉が脳に直接響いているようだった。
ぱくぱくと意味もなく酸素を取り入れようとする金魚のように口を動かす亮介に女は淡々と言った。
「あたしを殺すだって?笑わせんなよ、ばぁーか!殺せるわけないだろ。何故って?だって、ここであたしに殺されるんだから!じっくり時間をかけてお前に味合わせてやる。生まれてきたことを後悔させてやるからな。」
それはまさに死刑宣告だった。



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