さぁ、このくそったれな世界にさよならを。

あたしの父親はくそったれだった。
酒浸りで酔えば、呼吸をするかのようにあたし達に暴力を振るった。
それが当たり前のことのようにあたし達を殴り、蹴り、罵った。
母親はあたし達が小学校に上がると同時に家を出ていった。
自分を守ることに関しては正しいことだと思う。
だけど、子を持つ母としては失格だ。
あたし達は棄てられた。
唯一守ってくれるだろう存在にその日、棄てられたんだ。
その日からあたし達は二人で一人だった。
どれだけ辛くてもどれだけ苦しくてもあの子がいればあたしは生きられた。
くそに蹴り飛ばされて、殴られて常に体中アザだらけだったあたし達を学校の大人達は見てみぬふりをした。
誰もあたし達を助けてはくれなかった。
同じ同級の子供達はその親からあたし達に近寄らないように言い付けられていた。
数少ない優しい優しい女の子が泣きながら、そう言っていた。
助けてあげられなくてごめんね。
そう言われたときあたし達はその意味が理解できなかった。
これがあたし達の世界だったから。
この狂った世界が狂っていることをあたし達は知らなかったから。
だから、その言葉であたし達は助けてもらうべき存在だとはじめて知ったんだ。
でも、それでもあたし達が生きてこれたのはお互いの半身がいたからだ。
あの子がいたからあたしは生きていられたし、あたしがいたからきっとあの子は生きていられた。
でも、あの日。
近所の優しくてお節介なばーさんがあたし達を助けるために警察に連絡した。
酒の入っていないあのくそはまともだ。
まともに見えるように対応して、それをそのまま信じた無能共はお父さんを困らせちゃ駄目だよとわけの分からない言葉を残して帰っていった。
笑わせるな。
あたし達はいつだってくそを困らせるような言動はしてない。
だってくそはあたし達が喋ることを許さなかったから。
何にも知らないくせに煽るだけ煽ってそいつらは帰っていった。
そして、その日のくそは今までよりずっとずっとくそだった。
くそに意識を失うほどにボコボコにされて、あたしの意識が戻ってくその頭をカチ割っていた時にあたしの半身はあいつらに殺された。
くその暴力で気絶したあたしのためにあの子はそっと家を抜け出して近くのドラッグストアでくその財布から盗んだお金であたしのために薬や包帯を買ってその帰りにあいつらに拉致された。
あたしが意識を取り戻して、のんきに鼾をかいているくそを見て今までの憎しみを爆発させて近くにあった灰皿で何度も何度もくその頭を殴り付けている間にあの子は名前も知らないはじめて会った男達によって暴虐の限りを尽くされ殺され塵のように道路に放置されていた。
あたしが正気を取り戻して、あの子の姿がないことに気付いて必死に探している間に夜は空けて近くの無関係な善人によってあの子は見付かり警察が呼ばれた。
全部全部偶然で全部全部一日でおきたこと。
善人なばーさんが警察を呼んだのがいけなかったのか。
くその機嫌がそれによって普段より最悪になったのがいけなかったのか。
あたしが暴力に耐えられず意識を失ったのがいけなかったのか。
あの子が優しくてあたしのために家を抜け出したのがいけなかったのか。
どれが理由か考えたけど、どれも理由なんかじゃない。
警察に呼ばれ、遺体の確認に向かったとき。
立ち合った若い男の警察官はあたしから視線をはずし、本当に見るのかと震える声で確認した。
見れたもんじゃない。
こんなこと人のやることじゃない。
優しい人なんだと思った。
この人があの日、あたし達の家に来てくれた警察官だったら良かったのになあ。
そうあの子の死体を見ながら思った。
顔面は二倍に腫れ上がり、原型を留めていなかった。
普段からアザだらけだった体はさらにその上からアザが重ねられてさらに煙草を押し付けられたような火傷の痕がいくつもついていた。
ナイフで切られたような痛々しい傷跡や首にも絞められたような縄の痕がくっきりと残っていた。
あたしは死んでしまいたかった。
生きる支えがなくなってしまったから。
でも、生きる“意味”は出来てしまった。
あたしからあたしの大切な大切な半身を奪った奴等を殺してやる。
たとえどんな犠牲を払ってもどれだけの時間がかかろうとも。
生まれてきたことを後悔させてやる。
それがあたしを生かす理由となった。


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