【シナリオ版】釣った夫は腐ってました!~鈴ノ木夫妻の新婚事情~
3話 悪魔の待つ部屋
〇電車の車内。夕方。

三鷹市にある悠里の家を出て、光一のマンション(状況が状況なだけに、わたしたちのマンションとは言いづらい)に向かう。途中で快速列車に乗り換えれば早いのだけど……華は乗り換え駅で降りずに、そのまま各駅列車に揺られ続けていた。すれ違う下り列車はそれなりに混雑しているけど、こちらの車内はガラガラだった。華はぼんやりと外を眺めながら、悠里のアドバイスをもう一度思い出してみる。

華(本当の部分かぁーー)
目を閉じれば、付き合っていたときの優しかった光一の笑顔が浮かんでくる。たしかに、あれが全て偽りだったとは思いたくない。それに、華が光一を好きだった気持ちだって‥‥薄っぺらで表面的だったかもしれないけど、まるきり嘘ではなかったはずだ。

華「本音で向き合う‥‥ね」
言葉にするのは簡単だけど、いまの華にはかなりの覚悟がいる。
華(まずは、今夜よね。光一さんは自宅にいるだろうか?それとも、出かけてる?今夜は帰ってこないかな……)

同居をはじめてちょうど一週間になるけれど、平日はほとんど顔を合わせることはなかった。光一は二泊三日の国内出張やら取引先の接待やらで多忙だったから。まぁ、これが本当かどうかも定かではないけれど。
定時帰宅の華はひとり分の夕食を作って、ひとりで食べた。朝は華が起きる頃に彼は出て行ってしまっていた。
もちろん、帰宅を待つことも、朝早起きしてお見送りすることも、その気になればできただろう。だけど、しなかった。光一の多忙を自分への言い訳にして、避けてしまっていた。

光一さんと顔を合わせるのがすごく怖い。けれど、彼が一晩帰ってこないなんて事態になれば……それはそれでひどく落ち込んでしまうような気もする。

PM7:00。必要以上にゆっくりと歩いたけれど、とうとう到着してしまった。
右手に鍵を握り締めて、華は大きく深呼吸をした。まるで判決を待つ罪人のような気分だ。
華「……た、ただいま戻りました~」
小さな声で呟くように言ってから、コソコソと部屋に上がる。もう、自分の家でもあるはずなのに、どうしてこんなに肩身が狭いのか。
廊下からまっすぐに繋がるリビングのドアは開け放たれていた。
華「あっ……」
いた。光一さんだ。ラフな部屋着でくつろぐ彼の姿が目に入った。
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